2011年4月15日金曜日

後悔ってやつ

現在行われている”Gallery Collection & Photo Showcase”は、今日を含めて残り3日となりました。震災の影響で会期を2週間延長したのですが、当然のように状況は厳しく、来廊されるお客さんは非常に少ないものです。今もまだライフラインが復旧せず、生活の目処など立てられない方々がたくさんいらっしゃるのですから、当たり前の話です。


仙台市中心部はだいぶ落ち着きを取り戻し、普段の日常も見え始めて来ているようです。よその地域の人から見れば僕自身も被災者のひとりなわけですが、正直なところその実感は徐々に薄れていっています。震災というオオゴトが、記憶として心の中に沈殿しつつある状態で、透明な上澄みが広がって来ているのだと思います。

でもそれは決して忘れてしまっているわけではなく、何かのきっかけでかき混ぜられた時に、浮かび上がってくるものです。そうなった時に思い起こされる事は、おそらく自分がその時どういう考えを持ち、そして実際にどういう行動を取ったか、なのだろうなと考えています。

当然しなければいけないこと、することが自然と思えることは案外忘れてしまっています。むしろ、その時そうしたいと思っていたけど事を起こさなかったり、実際そうした時に出来なかったことは、いつまでも覚えているものです。自分自身の根っこに関わるものは特にそうなのだと思います。これが、いわゆる後悔ってやつなのでしょう。

だから、後悔というものはとても個人的なもので、他人から見ればなんでもないことでも、そう感じてしまうものなのですね。

このオオゴトは誰の上にも降りかかってはいるのだけど、そこから先はものすごく個人的な行動や感情によってくるのだし、それが後悔になるかどうかも自分次第なのかなぁと思ったりするわけです。

個人がやれることには限界があるし、諦めることなんかはいつでも出来るけど、その時にしか出来ないことってあるわけだし、それをしないまま後悔するのはとても嫌だし、そんな堂々巡りをしながら自分で決めなくちゃいけないのですね。

こんな時だからこそ、流れに逆らうことも必要かなとも・・・。

まぁ、いずれにせよ、全ては自分に返ってきますから。

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