2009年9月30日水曜日

「古い脳」、「新しい脳」

昨夜、以前紹介した”味のある話”(爆笑問題のニッポンの教養)のアンコール放送がありましたので、また見てしまいました。出演していた九州大学大学院教授である都甲潔さんは全然学者然とした所がなく、楽しいし、なにより重くないのがいいですね。

僕は、結構再放送をみることがあります。(もっとも、自分の興味や関心のある場合だけですが)それは、僕自身、その時感じられる許容範囲が狭いからだと思います。簡単に言えば、理解度の深度が浅いので、気付かないことが多いということです。

映像やテレビのように、リアルタイムに流されているものは、その場では繰り返し見たり考えたりすることが出来ません。常に集中して、そこで語られる言葉や表情に耳を傾けたり、凝視していても見逃してしまうものです。

しかも、人の記憶の曖昧さ(この頃は以前に増して酷くなっているような気がします)は、全く逆の認識を持つ可能性があるので、それを確認する意味で再放送されたりすると見てしまうのだとも言えます。

昨夜は、「古い脳」と「新しい脳」についての見解や味覚と言うマイナーな分野と人類の進化を結び付け、さまざまな方向から研究している所が再認識出来て、とても面白かったですね。

「新しい脳」が経験や学習により発達し、「古い脳」とせめぎ合いをすることで、味覚を変化させる要因になるという点は、何もそれだけに適用されるものではなく、生活と言うか、人の営みの全般に言えることだと思います。いわゆる「好み」なんかもその一種ですね。
年を取るにつれ、「好み」が変わるというのも、そんな「新しい脳」の活性化によって表れるような気がします。

又、芸術家やアーティストも、首尾一貫自分のスタイルを貫くこともありますが、徐々に変化していくことが常です。その多くは経験や学習によるもので、やはり「古い脳」とのせめぎ合い(葛藤)から、生み出されていくものなのでしょう。

2009年9月29日火曜日

「ロマンチック」 佐内正史

「つばさ」最終回の時に、写真家の佐内正史さんについてほんの少しだけ触れましたが、今日は彼が出した変わった写真集を紹介します。

上のイメージですと、大きさがつかめないかもしれませんが、いわゆる文庫サイズで出来ています。最近は、個人の趣味でフォットブックの制作が行われるようになり、ネット上での製本やラボでも作れるようになりました。これまでアルバムという形で写真を貼り付けていたものから、何かの記念や記録として、一冊の本としてまとめることが増えてきたように思います。これもデジタル化の恩恵でしょうね。
これはそんなフォトブックのような写真集とも言えます。

「ロマンチック」 著・佐内正史 朝日文庫 2006年刊行

出版社、著者のない紹介には、”いまや若者の間で絶大な人気を誇る写真家・佐内正史。特に女性を魅力的に撮ることでは定評がある佐内氏が、ごく普通の、しかしちょっとドキッとするような「可愛い娘」をモデルにつづったフォト・ストーリー。「小説トリッパー」で好評を博した連載「眼差し」を改題し、オールカラーで再構成。ポケットに入れてどこにでも連れてゆける「あなただけの彼女たち」の「プライベートア ルバム」!” とあります。

最初にこの写真集を手にして見た時に、「a girl like you~君になりたい。」の対極だなと感じました。
撮られている女性は、全て佐内さんの友達であり、素人の方々です。一枚、一枚のイメージには、何かぎこちない空気感があります。たぶん、佐内さんと女性との距離感や撮る側と撮られる側との間に起こったある種の気恥ずかしさのような感覚が、さりげない表情の中に写し出されているからだと思います。

僕はこの写真集を新宿の某大型書店で購入した後、早めの夕食を軽く取り、芝居を観にいったのですが、帰りの電車の中で取り出して見ると、数ページ進んだところで隣に座っている男性が気になって仕方ありませんでした。

ヌードやエロな部分が一切ないイメージですので、特に覗き見られても恥しいわけではないのですが、それらのイメージの多くは見られてはいけない甘い記憶のように感じられたからかもしれません。
それ以降、何度か持ち歩き、電車の中で見ようとしましたが、結果は同じでした。

そんなわけで、どこにでも連れてゆけないじゃないか、と文句を言いながら、今でもたまに部屋でこっそりと見ているのです。

2009年9月28日月曜日

最近とても気になる人

最近、絢香が気になってしかたがありません。以前から彼女の歌を好んで聴いていたわけでもないのに、この頃は”YouTube”などでよく見ています。デビュー当時から年齢にそぐわぬ楽曲の良さや声自体の持つ強さや心地よさ、そして何より豊かな表現力には眼をみはるところがありました。

絢香はまだ21歳、デビュー4年にして、アイドルではなく、ソングライターとして、同世代だけではなく幅広い共感を得ているように思います。彼女がぽっと出のかわいいだけのシンガーではないことを知ったのは、2007年暮れにBS-i(現BS-TBS)で放送された”「SONG TO SOUL 永遠の一曲」キャロル・キング特集でのコメントを聞いたときでした。

彼女は高校2年の春から、福岡にある音楽スクールで楽曲制作の指導を受けに、毎週大阪から新幹線で通っていたそうです。ある時、先生からキャロル・キングの”I Feel The Earth Move”1曲だけ入ったMDを渡され、それを帰りの新幹線で繰り返し聴きながら、フレーズやコード進行を分析したとのことでした。

その後TBS「情熱大陸」の中で、ビートルズなど著名な曲の分析やレコーディングでの曲へのこだわりを見ていると、彼女がソングライターとして常に聞く側を意識して楽曲制作していることが分ります。このことは、自分が楽しいだけではなく(もちろんそれも大事だと思います)、プロ意識が明確であることを意味しています。

今年4月に入籍、病気による休業を発表してから、メディアの取り上げ方が変化しています(事務所側の意向もあるのでしょうが)が、僕は彼女の行動や言動に変化を感じません。むしろ、休業までの残された時間をいとおしみ、今ある自分に真摯に向き合っている姿勢が心を打ちます。

絢香には悲しい後ろ向きの歌は似合いません。自分を信じ、笑顔を絶えず、前向きに生き続ける意志を持って、自分を表現していることが一番の魅力だと思います。そして、それは決していきがったり、肩肘張ったようなものではなく、現時点での等身大の姿を見せていることで、ますます聞き手は共感を持つわけです。

娘のような年ごろのシンガーに何を肩入れしているのかと思うかもしれませんが、結局良いものは良いとして、素直に受け入れているだけです。これから先、彼女の人生にとってとても重要な日々を送っていくのでしょうが、またいつか元気に歌っている姿が見られると思います。

絢香のデビュー曲そして休業前のラストシングルで描かれた世界観は、ほとんど変わっていないように感じます。自分と他人とのつながり、信じることそのものの力、空、それぞれのキーワードになぞらえ、今ここに或ることへの幸せを体現しているように、僕には思えます。

http://www.youtube.com/watch?v=nKpD254gx-w

2009年9月27日日曜日

知ることの楽しみ

僕はギャラリーとして企画展を開催することの他に、出来る限り写真家本人やギャラリストとの交流の場を作っていきたいと思っています。その為、さまざまな企画をあれこれ考えています。

現在、予定している企画は次の通りです。

○高橋和海フリートーク&ポートフォリオレビュー 10月4日(日)
○第2回ファインアート・フォトグラファー講座 11月15日(日)
○ハービー・山口スペシャルイベント 12月13日(日)

年内は、毎月行う予定になっています。各企画ごとに、対象の方に違いはありますが、写真を通して色々な方向から、皆さんが楽しめるようにしたいと思っています。

これは、ギャラリーを始めるに当たって、最初から意図していたことです。僕自身も、さまざまな作品を見にギャラリーや美術館等に行ってましたが、自分だけの感覚で作品を評価していくことには限界があると感じていました。また、ネットや本などで写真家や作品の情報を手に入れても、それは一般的な表層でしかなく、何か腑に落ちない部分もありました。

そんなこともあり、写真家やギャラリスト、キュレーターと交流出来る機会があれば、参加したいと思い始めました。それでも、最初の内は、話を聞いても理解できるだろうかとかお金を払ってまで聞くことかとか、色々と思いはめぐりました。

でも、取りあえずは、何回か見てから結論を出せばいいかと、とても気楽な気持ちで参加するようになりました。
そうこうしている内に、自分自身いくつか分かったことがあります。

○ほとんど面白味がない企画でも、ひとつぐらいは心に引っかかるものがある。
○積極的にアンテナを張り、自分自身に投資出来なければ、自分が欲するものは得られない。
○偶然に起きていると思っていた多くの事は、これまでの必然の中にすでにあったことで、それに至る考え方や捉え方を知らなかっただけである。

そして、知る楽しみには際限はないということです。

現在、来年以降の企画も検討をしているところです。(まだ、僕の頭の中にあるもので、具体性を帯びていないものばかりですが)

前述している企画については、現在募集中です。ご意見、問い合わせがあれば、気軽に連絡して下さい。

2009年9月26日土曜日

「つばさ」 本日最終回

NHK朝の連続小説「つばさ」が今日で終了しました。通称「朝ドラ」と言われるこの番組は、1961年に始まったといいます。僕が物心ついた頃には、すでに開始されていましたが、最初から最後までほぼ毎日見続けたのは、今回が初めてかもしれません。

これまでの朝のこの時間には、ほとんど会社にいたり、通勤時間だったりしていましたから、滅多に見る機会はありませんでした。しかも、一回が15分、一回読み切りってわけではないので、続けて見ないと物語の筋も追えないこともあって、結局は見なくなってしまったように思います。

今回の場合、1週間ごとに一つのタイトルが付けられ、その内容に沿い物語が進み、かつ次週へつながるような感じになっていました。(今までのものを見ていないので普段からそうなのかが分りませんが)脚本の人は大変ですね。全体としての流れを意識しながら、毎週、毎週つじつまがあい、違和感なく見続けられることを考え、それでもって、1回15分の中にはそれなりに山場を作らなければなりませんからね。

最近の傾向なのでしょうか、幅広い分野でキャスティングされていました。もちろん、ヒロイン役の多部さんは新人なんでしょうが、周りの役者は、テレビや舞台、音楽、漫才等でそれぞれ活躍されている個性的な方が多かったです。

脚本の戸田山雅司さんは、テレビや映画の仕事が多く、最近の映画では「相棒」が有名です。ヒット作を量産されている人なので、今までの朝ドラとはちょっと違った感じだったのではないかと思います。

僕が注目していた役者は、お隣の奥さん役だった広岡由里子さんです。この女優さんは、舞台上ではごく普通のような感覚で、当たり前に変なことをしている、とてもユニークな方です。いつもは、自分の世界に行っちゃってるような所もあるのですが、やはり朝ドラということもあり、微妙に変な部分でのアクセントにとどまり、全開まではいっていませんでしたね。

それと、タイトルバックに、写真家の佐内正史さんが起用されていました。佐内さんは現在自身のレーベルで写真集を刊行し、作品発表を行っている稀な人です。タイトルバックが流れた時に、直感的にあれっと思ったのですが、制作の名前でそうなんだと思いました。それは、以前見た写真集「a girl like you~君になりたい。」の雰囲気にそっくりだったからです。とても、多部さんの魅力が出ていて良かったように感じました。

制作期間も含めるとほぼ1年がかりの作業でしょうから、スタッフや出演者は一言では表わせない程、苦労されているでしょうね。朝ドラ自体をアートだとは思いませんが、継続し創造し続けなければならないことは、ある意味共通している部分であると思います。

2009年9月25日金曜日

女性は元気だ!

先日楽天イーグルスのことを書きましたが、色々なスポーツ界の多くが終盤を迎えています。それに伴いプロスポーツにおいては、来期のスタッフ・選手や構想が検討されてきています。

先日も「ハマのおじさん」こと横浜ベイスターズの現役最多勝投手、工藤公康選手が来期契約されないとの記事が出ていました。また、Jリーグでは、「ゴン中山」ことジュビロ磐田、中山雅史選手が来期も現役続行の意思があることを表明していました。

来年で工藤選手は47歳、中山選手は43歳になります。一般のサラリーマン世界では中堅から上になり、自分の仕事がやっとできる状態のような年齢ですが、スポーツ界ではそうそうこの年齢まで現役で行うことは現実的に難しいですね。なにせ体力の衰えは絶対に表れるし、経験や知識だけで若い選手たちと一緒にプレー出来ません。

僕の場合も、これらの選手と比較は出来ませんが、何か行動を起こそうとした時の自分の想像と現実とのギャップに愕然とすることがあります。(主に、体力的なことですが)こんなはずじゃなかったのにと思う一方、やはりもう少し年齢を考えないと感じながら、体力的な衰えに対してじたばたともがいているような気がします。

さて、来年2月にバンクーバーで冬季オリンピックが開催されますが、もし今大会の代表に選ばれれば、5大会連続で出場となる選手がいます。皆さんもご存じだと思いますが、スピードスケートの岡崎朋美選手ですね。

1998年長野オリンピックで日本短距離界では初めてのメダルを獲得し、「朋美スマイル」で全国的な人気者になったのを今でも思い出します。その後の2回のオリンピックでも入賞していますし、今だ体力衰えずといった感じです。2007年には結婚もして、心身ともに充実している岡崎選手も今年で38歳です。

今回で5度目のオリンピック出場挑戦ということは、単純に約20年もの間、現役としてトレーニングを行ない、常にトップの位置にいたわけです。しかも基本アマチュアですので、本業は別にあるのですから、競技に対するモチベーションの維持は相当なものです。

話を聞いただけで、感心を通り越して、感動すら覚えます。代表は年内の大会結果で決まるようですが、是非、代表となって欲しいですね。

それにしても、8月に行われた世界柔道やレスリング吉田沙保里選手の世界選手権7連覇といい、女性が目立って元気だと思うのは、僕だけでしょうか。

2009年9月24日木曜日

情感が表情に表れること

シルバーウィークも終わり、ギャラリーの前の通りには、いつもにも増して車の往来が多いように感じます。また、地下鉄や近くの会社に向かう人々の表情は、いつもの日常的な朝の顔に変わっています。

そんな顔の表情について、少し前に読んだ本で面白いことが載っていました。顔の表情は大脳皮質が関与し、いろいろな部分を動かしていることが分かっています。それでも、大脳皮質に制御されにくい部分もあり、コミュニケーションにおいて表情を誤魔化せないことがあるようです。

その顕著な個所が、眼輪筋だそうです。昔から「目は口ほどにものを言う」と言いますが、どうやら本当のようです。僕たちは日常で人と会話し、その会話の中で感情の動きが表情として表れるわけですが、なかなか仕事なんかでは、情感を表情としてストレートに出すことが出来ない場合が多いですよね。むしろ、それを隠すことが大事だったりもします。

この研究結果は、「目は口ほどにものを言う」といわれる以降に判明されたことなので、顔における表情の象徴として自然と目が意識されていたことが分ります。

さて、それでは役者はどのようにして表情を出しているのかを考えてしまいました。

役者は、大抵の場合、決められた脚本があり、その登場人物の性格や置かれた状況を考え、場面、場面によって、演出家の意図を組み入れた演技として言葉や表情で一瞬、一瞬を表現しています。

僕は、その芝居がリアリスムであれ、そうでないものであれ、ある意味演ずる人物と役者が同化しなければ、観る側に感動や感情が伝わってこないものだと思っています。但し、役者と言うものは、自分以外の誰かを演じることに特異な才能を持っていたり、それらの教育を受けた人たちとも認識しているので、それが自然に表れた表情であるかは疑問ではあります。

そこには、テクニックや経験も存在しているわけです。テレビで数秒後に泣くこと(涙が流せる)ができる女の子が出演していましたが、あれは技術以外の何ものでもありません。
それを見ただけでは、感心はしますが、感動はしません。

でも、結果として観る側に感動を与える芝居においては、表情や言葉が自然に表れているものではなく、演技として導かれたものとしても一向に構わないのではないかと思います。
表情の豊かな役者は数多くいます。その多くは稽古や演出、自身の経験によって演技し、芝居の中で自然に表情が表れているのだと思っています。

まぁ、その時に大脳皮質が云々ということは議論されないはずですが、研究することは面白いことです。それはむしろ日常的に演技?している普通の人にとって、有益な何かをもたらす可能性があると思うからです。

2009年9月23日水曜日

今日も聴いています。


ギャラリーを開ける前に必ず聴くと言ってよいアルバムがあります。

英国のバンドSadeが1985年にリリースした「Promise」というアルバムです。Sadeの魅力は、なんと言ってもボーカルのSade Adu(シャーデー・アデュ)の声にあると思っています。(もちろん容姿もすごく魅力的ですが)

音楽をカテゴライズすることはあまり意味が無いことだと思っていますが、世間ではアダルト・オリエンティッド・ミュージックやスムーズ・ジャズの分野に入るようです。僕にとっては、適度にジャズっぽかったり、ソウルであったり、いずれにしても彼女のオリジナリティーにより支えられているバンドで、なにより聞いていて気持ちが良いのです。

Sadeはとても寡作なバンドでも有名で、1984年のデビュー以来、スタジオ録音盤は5枚しかリリースしていません。最後にリリースされたのが2000年ですから、すでに9年間アルバムを出していないことになります。それでも、出すアルバムは常にヒットし、今でもアメリカのラジオ局ではよく流れているそうです。

上のイメージは当時購入したレコードですが、もちろんCD化もされていて、いつもはCD盤で聴いています。そんなSadeが今年、新作を発表するような噂が流れています。とても楽しみでもあり、不安でもあります。
それというのも、Sadeは今年で50歳を迎えました。まだまだ若い部類とはいえ、9年前の状況とはかなり違ってきているはずだからです。

アーティストに年齢は関係ないと思いますし、著名なボーカリストは年齢と共にその奥行きや豊かさが表現の幅を広げ、ますます円熟味が増すと言われています。とりあえずは、新作を出して欲しいですね。

今もこのアルバムの象徴ともいえる曲が流れています。

「Is It A Crime」

これ、不倫を歌っていると思うけど、そんな風に思っていても、ベッタリとした感じもなく、すんなり耳に入ってきます。
TVショーでのライブがこちらです。

2009年9月22日火曜日

楽天 地元での盛り上がりにあるもの

連日朝や夜のスポーツニュースから楽天イーグルスの活躍が映し出されます。2005年に誕生した楽天イーグルスは、実質初めて東北に本拠地を置くプロ球団でした。以前、ロッテオリオンズが準フランチャイズとして、仙台で試合を行っていましたが、全くの本拠地ではありませんでした。

宮城球場も全面改修され、僕が居た頃とは比べ物にならないほど立派になってしまい、その時の面影は全くありません。その当時は、アマチュア主体の使用で、内野は土、外野が芝生のグランドだったように記憶しています。また、外野席は芝生で、内野席も階段状にコンクリートの席がしつらえてあったように思います。

それでも、たまにやってくるプロ野球の公式戦には多くの人たちが集まっていました。僕が小さい頃はテレビでの中継は巨人戦だけで、アニメ「巨人の星」が大人気でした。子供の好きなものとして、「巨人、大鵬、卵焼き」と言われていた時代ですね。

それから、何十年か過ぎて、ギャラリーの前を自転車で通り過ぎる近くの子供たちは、楽天のユニホームや帽子をかぶっています。一部のタクシー運転手もそんな格好をしていて、観光の一端を担っているようです。

地元で盛り上がっている原因としては、チームが好調なのが一番だと思いますが、やはり野村監督が全国区で知名度があり、メディア(特にテレビ)への取り上げが多いことも大きく影響しているのだと思います。そう言う意味では、今やインターネットによる情報享受が大きいと言われていますが、まだまだテレビ、ラジオ等のメディアは相当大きな影響力を持っているのです。

インターネットの普及に伴い、情報享受については、どこであっても大きく変わらなくなってきたと言われていますが、あくまでもそれは受け手側の積極的な行為によるところがあるわけで、結局受け手であるその人の手段やスキルが問題になってきます。
やはり、スイッチポンですぐ映るテレビの方が、積極的に求めなくても簡単に情報が入ってきますからね。

今日も午後から、テレビで楽天戦の中継があります。スイッチを入れれば、誰でも見れますが、僕は球場で生で見たいなとも思います。仕事がありますので、なかなかそうはいきませんが、いつか見に行き、メディアから流れてくる情報で思っていたことを実際に体感したいと考えています。

それは、僕が興味や関心があることで、もしその表層以上のものを得たいと望んでいるのなら、実際に体感してみなければ分からないと、常々思っているからです。

たぶん、そういう人たちが球場に足を運んでいるからこそ、今の盛り上がりがあるのだろうと思います。

2009年9月21日月曜日

セバスチャン・サルガド 「アフリカ」

東京都写真美術館で、来月24日からセバスチャン・サルガド「アフリカ」が開催されます。
昨日、偶然目にしたチラシで知りました。たしか、同じく東京都写真美術館で開催された「エッセイ」を観に行ったのが、2003年だと記憶していますから、6年振りになるのだと思います。今回は、作家自ら最後の大プロジェクトと語っている「GENESIS」からの最新作も展示されるようです。

セバスチャン・サルガドは、フォトドキュメンタリー作家として、もっとも偉大な写真家の一人と言えます。陰影に富んだ美しいモノクロームの世界は、現実の世界を写している写真表現の枠を超え、写真と言う既成概念さえも崩してしまうものです。一時、報道写真家集団マグナムにも所属していましたが、脱会してからは、あるテーマについて数年追いかけ、発表するようなスタイルになっています。

僕が初めてサルガドのオリジナルを観た時、絵画的な美しさやプリントの素晴らしさに先ず目が行きましたが、数作品を観るにつけ、その表層から受ける印象からはるかに深い写真の力のようなものを感じました。サルガドが写し撮った現実は、飢餓、貧困や環境破壊といったいわば、「悲惨」で「壮絶」な状況の数々です。観る者はその現実に目を背けたくなるかもしれません。

しかしながら、一方でそれらから受ける印象は、打ちのめされた人間を写すことで世界の不条理を訴えるというような感傷主義的な趣はまるでありません。むしろ、そこにある現実を真正面から見据え、人間として生きることへの尊厳のようなものを強く感じます。


僕は、好き嫌いを別にして、写真は2通りあると思っています。

一度観ただけで、それが鮮明に記憶として刻み込まれるものとそうでないものです。

サルガドの写真は、報道写真としてだけではなく、アートとしても、前者のものであると思います。また、写真の力によって実現できる世界の深遠さと、その頂きの高さを、私たちに教えてくれているような気がしてなりません。

近郊の方は、必見です。僕もどうなるか分りませんが、是非観に行きたい写真展です。

2009年9月20日日曜日

世間は狭いですね。

今日はずっと出かけていて、今ギャラリーに戻ってきました。

朝一から恒例のと言うか、彼岸でもあるので墓参りに行ってました。東京にいた頃は、全くそう言う機会もなく、罰当たりなことをしていましたので、行くのは当然のことだと思っています。

叔母の旦那さんが運転する車に、両親を含め5名でそれぞれに関連するお墓をお参りします。高台にある墓地から眺める景色は、やっぱりここは東京ではないんだなという思いを強く感じさせます。まだ緑濃い山に囲まれ、墓参りをしている他の家族を見ていると、これまで変わらずに粛々として行われてきた歴史の長さを感じます。そして、そこには人や家族が日常の営みの中にこそ、厳然として過去と繋がっているのだという事実が見られるわけです。

墓参りを無事終えた後、僕は自転車に飛び乗り仙台駅へ走り、地下にある駐輪場に止め、塩釜へと向かいました。今、塩釜では「塩釜フォトフェスティバル2009」が行われています。昨年から始まったこのイベントは、地元出身の写真家平間至さんが中心に、さまざまな写真関係者や地元の方々の協力の元、今回で第2回目の開催となりました。

今日は、ポートフォリオレビューがあったので、以前から観に行くつもりではいました。
朝から時間が押していたので、間に合わないとは分かっていましたが、今日だけだったこともあり、とりあえず行ってみました。会場に着いた時には、やはりレビューは終了していましたが、一角に置いてあった参加者のポートフォリオを見ることが出来ました。

作品もうまいし刺激的ではありましたが、何か物足りない感じがします。作品の傾向は多岐におよび、個性あるものだったのですが、わぁ、写真だというようなドキドキする感じが得られなかったのが残念でした。

会場の何人かはギャラリーに来られた方でした。もっぱら、その方々との話の方が中心になったような気がします。

仙台に戻り、遅めの昼食をした後に、市内の4会場で行われている「仙台写真月間2009」のひとつを見にいきました。仙台メディアテーク近くにある「ギャラリー宙(ソラ)」に行ってみました。初めて行くギャラリーでしたが、本当に地下にあるギャラリーでした。作品はモノクロで撮られた群草の写真でしたが、僕には合わなかったような気がします。

また、そこの入口に自転車を止めていた時に、またまたギャラリーにみえられたお客様とお会いして、自分も見に来たとおっしゃっていました。一緒に中に入り、観て、一緒に出てきましたが、特に感想も言わずに外で世間話をしてしまいました。

見にいきたいんだけど、なかなか休みが合わなくて、と話されていましたが、そのお言葉だけで充分です。

今日は、久しぶりに自転車が大活躍、そして世間の狭さをあらためて実感。
一歩ずつ、繋がりを持っていくことが、大事なのですかね。

2009年9月19日土曜日

情報伝達の変化について

昨日「お好み焼き粉」のことを書いたからってわけじゃないですが、ギャラリーを閉めようとしていた時に、隣の「可らし」さんからお好み焼きを頂きました。記事を書いた時は、隣でお好み焼きを出していることをすっかり忘れていましたが、何か書いてしまって良かったのか考えてしまいました。

もちろん、お好み焼きを頂いた理由は他にあるし、僕の書いた記事はたぶん読んでいないと思いますので、他意が無いことは分かっています。そんな、ご夫婦でもありませんから。
そんなことを思いながら、昨夜遅くに、ビールと一緒に美味しく頂きました。それは、正真正銘のお好み焼きでした。

ただの偶然と思いながらも、少しだけ連鎖性を感じ、今日は情報について書こうかと思っています。

情報伝達の方法を激変させたのは、間違いなくインターネットですね。パソコン通信から始まり、ハードとソフトの進化に伴い、急激にその利用法も変化しています。20年前は、ホームページを立ち上げるのにも個人ではとても苦労をした覚えがあります。それから、日記のような覚え書きを綴るブログが現れて、個人の発信が非常に容易くなりました。

会社内の連絡も、電話やFAXよりメールでのやり取りが一般的になり、必要な人がそれぞれの情報を共有するやり方が定着しました。それに伴い、直接顔を合わせて話をしたり、電話での打ち合わせが、今まで以上に重要な場になってきました。

ブログは、ごく個人的な日記から、ある情報に特化したブログサイトの登場により、その役割も徐々に変化し、世間に対する影響力も大きくなっています。今はツイッターのように、フロー型の情報発信?も出現し、その価値や人々の捉え方も多様化しています。まぁ、それだけ自由度が増えていることは、とても良いことだとは思います。

一方、広告の分野でもその方法論が、このような環境変化により、おのずと変わらざるを得ない状況になっています。少し前に読んだ本から、その一端が見えていました。

2008年に刊行された「コミュニケーションデザイン」(岸勇希著 株式会社電通)の一節です。

以前の広告業界では、プランニングする際に「AIDMA(アイドマ)の法則」が定石として用いられていました。 AIDMAとは、Attention(注目)→Interest(興味)→Desire(欲求)→Memory(記憶)→Action(行動 / 購入)の頭文字を取ったもので、一連の購買プロセスをモデル化しています。現在は、「AISAS(アイサス)の法則」が用いられていると記しています。DとMがなくなり、中央と最後がSに置き換わっています。中央のSはSearch(検索)、最後のSはShare(共有)の頭文字を取ったもので、その他は変わっていません。

これは、いわゆる消費者(生活者)の購買行動が変化したことを意味します。興味がある商品を先ず検索し、商品の情報を手に入れ、購入を決定した後、それを他の人と共有するということですね。他の人と共有する部分が、いわゆるクチコミになるわけです。そしてこれの特徴は、一つの流れとして完結しているわけではなく、クチコミから検索へループする点です。

さて、ギャラリーもオープンして4カ月になりますが、まだまだ知名度は無いと思っています。

これをお読みの皆さん、クチコミしていって下さい。

最後はお願いになってしまいましたが、あしからず。

2009年9月18日金曜日

「日清 お好み焼粉」

明日からシルバーウィークが始まります。
10年程前に制定されたハッピーマンデー制度により、今年は9月にこのような大型連休になったわけです。ゴールデンウィークの金にたいして銀を冠するシルバーウィークは何かすんなりなじめない所がありますし、毎年あるわけでもないことが余計そのように感じさせるのかもしれません。

今年は高速道路の土日料金均一化もあり、移動手段として車が増えたため、その他の輸送機関の低迷が言われています。また、不況のあおりから、家庭でも節約志向が高まり、外食から内食が増え、思わぬところで好評な商品も現れています。

昨夜遅くに、テレビから流れてきたCMもそんな商品の1つでした。

「日清 お好み焼粉」

僕は、お好み焼き粉なる存在をこれまで知りませんでした。まぁ、ここ10年近くほぼ外食のみでしたから、僕を知っている人は当然だと思っていることでしょうね。

HPを見ると、このお好み焼き粉はすでに10年前に発売されていて、ロングセラー商品であったようです。しかも、ダシの違いやら色々な種類があることが分ります。今年、全面リニューアルし、どうやら昨日が新TVCM初日だったとのことです。

CMに登場している女性ですが、ナイロン100℃で活躍している松永玲子さんです。松永さんは、僕の好きな女優の一人で、テレビにも多く出演していますが、なんと言っても彼女の魅力が発揮されるのは舞台上です。

女優さんの中でも滑舌の良さといかようなキャラクターにも変身できる器用さ(決してうまいだけではなく自分を持ちながら)は、いつも感心させられ、彼女が舞台にいるだけで安心してしまいます。特に、2006年青山円形劇場で公演した劇団本谷有希子「遭難、」におけるエキセントリックな演技と異常なまでの役柄への感情移入は、特筆すべきものでした。今回は、松永さんの紹介ではないので、気になる方はこちらのブログで人となりを見て下さい。

http://www.stage-d.com/branches/mr/

さて、世間の多くの人は、シルバーウィークでどこかに出かけられる予定もあるかと思いますが、僕は普段と変わらない日々を送るようです。

そして今、ふと、だいぶ前にタイの空港で妙に気になって食べた広島風お好み焼きを思い出しています。それはとても外見は似ていましたが、中身が全く違う、本当に冗談のようなシロモノでした。

2009年9月17日木曜日

写実であること。

ギャラリーに足を運んで下さるお客様の何人かが、展示されている作品を見た後、「写真じゃないみたいですね。」と言われることがあります。特に大判(1200×1500mm)作品の一枚を見られて言われることが多いように思います。

その作品は波が交じり合っている様子を、上から捉えているものですが、泡立つ様子や色合いから、一見して海には見えないようです。何か絵画を見ているかのように、不思議な感じでその前で佇んでいる場合があります。

僕自身も初めてその作品を写真集で見たときには、全体の雰囲気とは違った印象を直感的に受けました。しかし、その時はある違和感のみで、それが何であるかは言葉に出来ませんでした。
写真集では海と月の写真が見開きで一対のように構成されているので、その作品が海であることは理解していました。そして、大判となり、いわゆる個の作品として目の前にした時に、何故か腑に落ちたような気がしました。

言い方があっているかどうかは判りませんが、その作品はとても写実的であるということでした。写真とは極論から言えば、そこに確かにあるものしか写りません。そしてそれは、それ以上でもそれ以下でもないはずです。

しかしながら、写実であるというのは、ある瞬間の本質的姿を切り取って描くことを意味します。これを当てはめると、もちろん絵を描く行為ではありませんが、カメラとそれを扱う技術、作家自身の持っている感性をフィルターにして抽出していることで、見るものの心の琴線に訴えかけ、絵画のそれにも似た感覚を受けるのだと思います。

そして、同時に、僕はかなり昔、茶道をしていた方に受けた話を突然思い出しました。

それは、「利休七則」の一つです。

「花は野にあるように」

その方は、たとえば花を生ける場合、注意したいのは、「あるように」ということで、自然に咲いていた「あるままに」ではないということ、たとえ花一輪であってもその瞬間(あるいは全体)を表現していればそれで良いのだと僕に話してくれました。
又、余計な物が無い程、見る側の想像力が入りこみ、より豊かなものになるとも言っていました。

ひとつの作品が、作家の思いと受け手の想像により、ひろがりを持つなんて、とても素敵で楽しいことだと思います。極端かもしれませんが、幸せを感じる瞬間でもあるわけです。

そんな作品が、ここにはあります。

2009年9月16日水曜日

井上雄彦 「バガボンド」

昨夜放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」に、漫画家の井上雄彦さんが特集されていました。

井上さんは、「スラムダンク」や「バガボンド」、「リアル」等で著名な漫画家で、今更説明する必要はないと思います。近年では、2008年5月から東京上野の森美術館で個展を開催、今年熊本で巡回展を開いたばかりで、漫画家の枠を飛び越えた活躍をされています。

昨夜の放送では、「バガボンド」の創作の過程が映し出されていましたが、創作現場での井上さんの苦悩や困惑の表情は、表現者として生きることを自分の糧とし、それを継続して行わなければならない困難さを物語っていました。

「バガボンド」は、吉川栄治の小説「宮本武蔵」を原作としていますが、そのキャラクターや物語は井上さん独自の解釈の元、描かれています。番組では井上さんを語る(井上さんとのインタビューで自身が語ったことばを選んで)意味で、いくつかのキーワードを提示していました。

○手に負えないことをやる
○迎えに行く
○こぼさない

内容については、NHKのHPに載っていますので、興味がある方はそちらを見て下さい。

http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/090915/index.html

「バガボンド」は、ちょうど僕が漫画を読まなくなった頃に連載を開始しました。ですので、実際には最初の頃しか、目にしたことがありません。その時には、非常に画力もあり、一つ一つのコマ割が、それぞれ独立した絵として成立していると感じたことを覚えています。たまたま2日前に行った近くの中華料理屋で少し前の「モーニング」を見た時に、さらにレベルが上がっていることを知ったところで、番組の放映があったわけです。

番組から受ける井上さんの印象は、非常に内省的なアーティストだということです。いつも自分の心の内へ深く潜りこみ、ある種求道者のそれと近い感覚です。キャラクターと自分を同化するところまで自身を追い込み、白紙の原稿に向かい、下書き後に筆で描かれる線の1本1本には井上さん自身の思いが込められています。

番組の最後に、井上さんにとってプロフェッショナルとは、との問いに、「向上し続ける人」と答えています。そんな自然で、当たり前のことなのですが、井上さんの視線の先は、たぶんその高みというか、レベルが違っているのだと思います。また、番組途中に、自分の心を掘り下げて行くと、最後は普遍的な世界が広がり、そこまで行けるとなんとかなるというようなことを話していました。(違っているかもしれませんが)

この2つのことは、一見すると全く逆を意味しているように思われますが、実は密接に関連していることだと以前から僕は思っていました。思いがけないことでしたが、その内容についてはまた別の機会に書こうかと考えています。

2009年9月15日火曜日

the impossible dream

「……人生自体がきちがいじみているとしたら、
では一体、本当の狂気とは何か? 本当の狂気とは。夢におぼれて現実を見ないのも狂気かもしれぬ。現実のみを追って夢を持たないのも狂気かもしれぬ。だが、一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に、ただ折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わないことだ。」

これは、ミュージカル「ラ・マンチャの男」で、教会を差し押さえた罪により宗教裁判を受けるため牢獄に入れられてしまったミゲール・デ・セルバンテスが、自作の「ドン・キホーテ」を劇中劇の形で行うことになったとき、主人公であるドン・キホーテがDUKEと呼ばれるある囚人の言葉に激しく反論したときのとても有名な台詞です。

ドン・キホーテというのは、読書の好きなアロンソ・キハーナというひとりの田舎郷士が、騎士物語を読みふけるうちに熱中し、いつのまにか現実と物語の区別がつかなくなり、自らをドン・キホーテと名乗り、旅に出て、そこでさまざまな冒険を繰り広げる物語ですね。

ミュージカルの脚本は、作者であるセルバンテスが「ドン・キホーテ」を着想したのが、セビリアで入牢中であったという事実をもとにしているようです。ですから、セルバンテスと牢獄の囚人たちの現実、彼らが演じる劇中劇におけるアロンソ・キハーナの「現実」、そしてキハーナの「妄想」としてのドン・キホーテという多重構造で構成されているわけです。

このミュージカル自体は、2002年、1000回記念公演(1000回目ではありませんでしたが)の時に帝劇で一度だけ観たことがありますが、この台詞はずっと以前に言葉としてどこかで読んだものでした。

その時分は、ちょうどバブルがはじけ、世の中のほとんどが一斉に不況の坂を転げ落ち、物事もネガティブに考えがちだったように思います。当時の会社でも雇用調整(いわゆるリストラ)が始まり、目の前で起こる理不尽な出来事を「しょうがないよな」の一言で片付けてしまっている周りに、とても違和感を覚えながら、それを受け入れるだけでしかなかった自分の立場に憤りを感じていました。

なぜ、今こんなことを書くのかと言うと、昨日、部屋で探し物をしていたときに、鉛筆で書かれたメモ書きの紙片を偶然見つけたからです。紙片は、当時使用していたシステム手帳のメモ用紙でした。たぶん、偶然眼にしたこの言葉を忘れないように、システム手帳から一枚ページを抜き取り、やはりそのとき使っていたファーバー・カステルのシャープペンで書いたのだと思います。

その時は、この言葉がドン・キホーテの台詞とは知らずに、純粋に今ある自分に重ね合わせていたのかもしれません。そして、そんな自分をかりそめの姿のようにも感じていたのです。「……」の部分は、ミュージカルで松本幸四郎さんが演じている台詞として耳から入りました。そこでは、セルバンテス自身が軍人だったころに、そのあるがままの人生というものを受け入れた人間がどんなにむなしく、つらいものであったことを切々と説いているのでした。


あれからずっと僕の心の中を離れないこの言葉は、確かに自分自身を見つめなおし、問いかけてくれるものであったろうし、これから先も時々現れては、今在る自分を最確認する機会を与えてくれるのだろうと思っています。

2009年9月14日月曜日

杉山愛さん 引退会見を見て

女子テニスプロプレーヤーの杉山愛さんが引退会見を行った様子を、昨日テレビで見ました。
杉山さんは今年34歳。女性の年齢をあれこれ言うのは本人に失礼ですが、17歳でプロ・デビューをして、17年間も日本トッププレーヤーとして、世界に挑戦してきたことは称賛に値すると思います。

よく伊達さんとも比較されると思いますが、ランク最高位がシングルス7位、ダブルス1位、4大大会62回連続出場と全然遜色のない活躍をしています。むしろ、4大大会連続出場の記録は世界最多であり、それに要したトレーニングや気持ちの整え方やモチベーションの維持は並々ならぬものだったと想像します。

昨今のプロテニス界は、若くしてトッププレーヤーが引退しているケースが多く見られます。昨年、突然引退を発表した当時世界ランク1位だったジュスティーヌ・エナンも、まだ25歳でした。その原因のひとつとして、ツアースケジュールの過激さとランキングがあると言われています。

ランキングは、過去1年に出場した大会の内、16大会の獲得ポイントを加算してはじき出すそうです。その為、多くの選手が年間25大会前後、出場し、なかには30を超える選手もいるとのことです。当然、ツアーは世界各国で行われるわけですから、飛行機での移動に伴う時差や気候の違いが体力的にも消耗させていきます。ましてや最近の傾向として非常にフィジカル重視ですので、一層トレーニングを行う必要に迫られ、トッププロであればある程、ランク維持することがプレッシャーに感じることが容易に想像出来ます。

そんな過酷な条件の中、杉山さんは常に笑顔でコートに向かっていたように思います。また、続けることの意味を、ひたむきなプレーで表現してきた選手だとも思います。


引退の会見の時、コーチでもあった母親の言葉で流した涙は、とても美しく見えました。
プロのスポーツ選手としてもっとも輝ける場所は、自身のフィールドでプレーをしている時であるのは当たり前のことですが、会見時の杉山さんの姿はそれにも勝るとも劣らない一人の女性としての輝きを放っているように、僕には見えました。

2009年9月13日日曜日

矢野顕子 Part2

昨夜、「ソングライターズ」で矢野顕子さん出演のPart2が放送されました。ちょうどその時間に用事があったので、録画をセットしたのを確認後出かけました。それから深夜に少し暗い気持になりながら帰宅し、スタンドライト一つを付けて、リモコンの再生ボタンを押しました。

「ソングライターズ」は、佐野元春さんの母校である立教大の教室らしき所で行われているので、参加している人はほとんどが20歳近くの若い学生さんです。そんな彼らに、父親、母親ほど離れた二人が、問いかけや考えをとてもフランクに相手の目線に合わせながら話している様子はとても見る者を安心させます。ただ、自分の考えを押し付けるだけや判るだろう光線を発するような語り口ではないことが、一層彼らの心に素直に届く所以だと思います。

昨日の回では、参加したお客さんに、「愛についての5W1H」と題して、それぞれの項目を記入してもらい、佐野さんがセレクトし、矢野さんがその文章に曲を即興でつける試みが行われました。何名かの文章を詩として解釈し、メロディーやリズムを付けることで、言葉が楽曲として生み出される瞬間を肌で感じることが出来ます。

創造することの楽しさ、ワクワクする感覚は、確かに前提としてスキルはありますが、本能的に誰しも持っていることを再認識させてくれます。即興で爪弾きだされる音が、平面的な文章(詩)に奥行きや彩りを与えることを目の当たりにする機会って、日常的にはほとんどありませんので、実際生でその光景を見た彼らはとても幸せだったと思います。


番組の終わりに学生さんが矢野さんに質問をします。

一人の女性が、「大学に入ってから、自分が女性ということを意識することが多くなりました。それは、まだ女性だからと制限されてしまうことが意外に多いからです。」というようなことを矢野さんに投げかけました。

矢野さん曰く、「社会は不平等に出来ていて、それは無くならないことだと思う。変わらない状況の中で、自分を変えていくように考えていくことは出来る。それには、自分自身に誇りを持つこと。でもそれは決してそっくり返ったような偉ぶったものではなく、自分の存在をきちんと認識して行動することだ」と言います。

また、もう一人の女性が、「自分の作品に対し、意図しない解釈をされた場合、それは失敗だったと思うか」との質問をします。その問いに、矢野さんは自身の「ラーメン食べたい」という曲を用いて答えていました。「この曲は奥田民生さんがカバーをしていますが、自分とは全然違う解釈で歌っています。そして、その演奏を聴いて、食べたいと思ったラーメンの種類は、私が思っていたラーメンとはまるで違っています。それでも、その時点で、ラーメンはすでに湯気を上げて、美味しそうに目の前にあります。だから、それはもうすでにOKなのです」と。

矢野さんを見ていると、自由であることの意味を考えてしまいます。矢野さんの持っている自由は、単純に野放し的な自由では決してなく、自分の存在をちゃんと理解した上での自由だからです。

束縛された不自由さを嘆き、悲しむ前に、今自分がここに或ることを理解することで、現況をポジティブに捉え生きたほうが、どれほど楽しいことじゃない、と言われているようでした。

そんなことをあれこれ考えながら、今僕は、もう一度、HDDに収められたPart1、Part2を、通しで見ようと思っています。

佐野さんの母校を間違えていましたので、直しています。

2009年9月12日土曜日

「桜姫 清玄阿闍梨改始於南米版」

昨夜のNHK教育テレビ、芸術劇場で放映された舞台「桜姫 清玄阿闍梨改始於南米版」
を観ていて感じたこと。(さくらひめ せいげんあじゃり あらためなおし なんべいばんと読みます)

○鶴屋南北の歌舞伎狂言「桜姫東文章」を原作としていますが、舞台を南米にしたことで、南北の得意とする因果性やおどろおどろしさが前面に押し出される印象が薄れ、感情移入が比較的しやすかったです。四谷怪談などでは、少し引いてしまうことがありますから。

○これだけの豪華スタッフをまとめる串田和美さんの演出力はたいしたものです。
また、舞台の作りもセンター・ステージで、四方を客席に囲まれながらの芝居は役者に緊張感を生むようです。舞台上は大きな仕掛けもなく、何かテント小屋、見世物小屋で観ているような感じもしました。(舞台美術は松井るみさんです)
主な出演者は、大竹しのぶ,白井晃,笹野高史,古田新太,秋山菜津子,中村勘三郎(敬称略)となっています。

○脚本が長塚圭史さんということで、もっとグロいかと思っていましたが、それほどではないこと。原作の歌舞伎狂言を観ていないので何とも言えませんが、かなり荒唐無稽で矛盾があり、展開も早いので、お客さんはすごく判りづらかっただろうなと思いました。(僕もそうでした)

それにしても話の内容や設定は、今の時代でもこんなに自由奔放でぐじゃぐじゃしていていいのかと思える程です。四世 鶴屋南北という人の才能とそれを歌舞伎狂言として演じていた当時の役者に感心してしまいます。でも、もっとすごいのは、この歌舞伎狂言がずっと観客に受け入れられ、今に残っていることですね。

物語は寓話に満ちたガルシア・マルケスが描く世界のようでもあり、奇妙な夢の断片が次々と現れては繋がり合い、ごった煮になったような感覚に捉われます。不条理でもリアリズムでもなく、かといってエンタテイメントかというと、いや、違うような。とても不思議な芝居です。

豪華出演陣の中、チンピラのような役をしていた井之上隆志さんが、とても気になりました。普段では観られないような役柄でしたが、逆に自然に演じていたように思えます。

井上さん演じるルカのセリフで、「世の中には自分が2人いて、自分に不幸があった時は、もう一人の自分が幸福になっている、そうやって、折り合いをつけて、納得させて生きていく・・・」みたいなものがありましたが、エンディングにそれが理解出来たような気がしました。

人って、心の葛藤もあり、かなり矛盾の中で生きているわけです。
惑い、悩み、苦しみ、答えは一生見つからないかもしれません。

だから、古田さん演じる悪党のココージオに、「今だけしか信じない」と言わせているのですね。

2009年9月11日金曜日

"It don't mean a thing if it ain't got that swing"

昨日から陽が差していても、吹く風が冷たく感じられるようになってきました。もう秋なんですね。秋は何か物悲しい季節に感じられますが、芸術の秋、食欲の秋と言われるように体にも脳にも動きやすい季節ではあります。

ところで、今週末といっても明日、明後日の話ですが、仙台市内中心部では今年で19年目になる「定禅寺ストリートジャズフェスティバルin仙台」が開催されます。東京にいた頃は、まったくといって知らなかったのですが、全国からジャズ好きの人たちが観光客も含めて参加します。

パンフによると、95ステージ、参加バンド721グループが、市内のいくつかの会場で同時多発的に演奏を行うとなっています。一日中、街中がドンチャカ、ドンチャカ(ジャズに大変失礼な言い方ですが)するのって、想像するだけで楽しいですよね。ギャラリーからさほど遠くない位置にメイン会場がありますので、音が風に乗って流れてくるかもしれません。

七夕についで、市を挙げての大きなイベントなのでしょう。イベントに因んで、日野皓正さんの絵の個展が開かれたり、前回の様子を撮ったアマチュアカメラマンによる写真展が開かれたりしています。

僕の方はといえば、土曜はギャラリーを開いているし、日曜はうれしいことに来廊予約のお客様がいらっしゃるので、昼間は観ることが無理ですが、夜少しだけその雰囲気に浸れるかもしれません。久しぶりにカメラを抱えて、覗きにいこうかとも思っています。

今年は100年来の不況のあおりで、スポンサーがなかなか取れずに苦労しているようですが、元気になりたい気持ちはみんな一緒ですから、例年より濃い演奏や派手にはじけている人たちを見られるような気がします。(一度も観たことが無い人間がこう言うのも変ですが)

It don't mean a thing if it ain't got that swing

気分は、やっぱりこれですね。

よかったら、ギャラリーにも遊びに来てほしいです。
少し熱くなった気持ちを抑えることも大切ですからね。

2009年9月10日木曜日

「バグダッド・カフェ」 不思議な魅力

「バグダッド・カフェ」

時々何故か気になって観る映画の1つです。1987年に制作された西ドイツ(当時)映画ですが、監督や俳優も良く知りません。でも、時々DVDの収まった棚から選ぶとも無く引き出して観てしまいます。

アメリカのラスヴェガス近郊の砂漠にあるさびれたモーテル兼カフェ兼ガソリンスタンド「バグダッド・カフェ」を舞台に、ドイツ人旅行者ジャスミンとそこに集まる人々との交流を描いたものです。

これといって大きなドラマがあるわけでも無く淡々と物語が続くので、面白いか面白くないかは観る人次第になるような、そんな種類の映画です。批評も賛否両論ありますが、世界中で大ヒットしたことは紛れも無い事実ですので、人種や性別を超えた何かを持っていることは確かだと思います。

この映画を観ていつも思うんですが、人にとって「居場所がある」って大切なんだなぁということです。社会人になるとよく分かりますけど、自分の望み通りに行くことって非常に少ないですよね。それでも、そこに自分の「居場所」があると感じられれば、またやっていこうという気も起きるものです。

それから、この映画はよくある「自分探し」のようなものではなく、もっとフランクでジェントルな雰囲気がするので、繰り返し観てしまうのかもしれません。日本の映画だと、「かもめ食堂」に少し似ていますね。

また、映画がそれほど面白く感じられなかった人でも、冒頭のテーマ曲「コーリング・ユー」に惹かれた人は数多くいるような気がします。映画ではミネアポリスのゴスペル・シンガーとしても実力のあるジェヴェッタ・スティールが歌っています。色々なシンガーによってコピーされていますが、日本ではホリー・コール・トリオのものが一番有名ですね。

http://www.youtube.com/watch?v=UHkW0Cw5w94

http://www.youtube.com/watch?v=BpuE_0MafLI

ムーディーでいてのびやかな歌声を聞いていると、また観たくなってしまいます。

2009年9月9日水曜日

開発の陰にあること。

先週、トヨタのハイブリッド車の販売台数が累計200万台を突破したと発表されました。そのニュースを読むと、ハイブリッド車は1997年に発売されたのですね。何かつい最近の話かと思っていましたが、すでに12.3ヶ月ほど経っているのです。

なぜそんな印象を受けたのかは、その販売台数の推移によるものだと思います。発売当初から10年弱で販売累計は100万台でしたので、それから2年3ヶ月で同じ台数だけ販売をしたことになります。

企業側のコスト削減による価格低下や人々の環境意識の急速な高まりもありますが、やはりエコカー減税や買い替え補助金制度の効果は絶大だったと思います。増産に伴い、期間従業員も1年4カ月ぶりに採用するような発表もありました。

そんな中、問題視されているものとして、基幹部品に使用されるレア・メタルの供給と低速走行時や発進の時のエンジン音があるようです。レア・メタルについては、携帯電話を始め、他業種でもその供給やリサイクルで大きな問題になっていますね。

そして、エンジン音と言うと、電気自動車や一部のハイブリッド車の低速走行時や発進時の音量は30デシベル以下だそうです。これは、木の葉が触れ合う音に近いほど小さな音量です。このように走行音が静かなことから、車が近づいたことに歩行者が気付かず事故につながる危険性が指摘されています。

静音も含めた居住性、効率の良い燃費や環境保護を大前提に進めていたことが、思ってもいない形で危険性が指摘されることを、どれほどの開発者が想像していたでしょうか。なにか皮肉な感じがします。
業務用大型トラックがバックするときに流れる「バックします」の言葉と警告音ではありませんが、歩行者に「不快感を与えず確実に気付いてもらえるメロディーと音量」の研究・開発が始まるとのことです。

言葉に語弊はありますが、とても興味深いことです。これから先、ほとんどの乗用車が電気自動車やハイブリッド車に切り替わったそのときに、街中でその音(メロディー?)が流れているわけです。しかも、各社それぞれが違った特徴を持っているかもしれません。

まあ、統一規格のようなものになるのかもしれませんが、その適用範囲まで考えるとなかなか一筋縄ではいかないことだけは確かなようです。


目標や前提に達成するまでに、開発の陰では、それに伴うリスクも考慮されているのが普通です。リスクも大小さまざまあり、許容出来るものやそうではないものを、開発者やメーカーはほとんど知っています。

静音による危険の可能性の他にも、実際はいろいろと問題が隠されていると思います。また、これからますますコスト競争が激しくなるでしょうが、その時起こりうる弊害についてもメーカーやメディアがきちんと対応し、より消費者側の立場に立って、見える形で提示してもらいたいと思っています。

2009年9月8日火曜日

言葉ってむずかしい。

5月から始めたこのブログ。もともと文章を書くことが苦手で、他の著名なブロガーのブログを読むたびに、毎日毎日よく記事をアップしているなと感心していたくらいですから、本当に拙筆で、読まれる方には申し訳ないと思っています。

言葉って、話す時とそれを文章としてまとめる時とでは全然違いますし、僕の場合、小学生の頃から”てにをは”の使い方や文章の構成も苦手なので、アップする前に読みなおすと、いつも何だこれと思ってしまいます。

8月後半、地元の新聞に、詩人のアーサー・ビナードさんの講演が仙台で行われたことが小さく載っていました。アーサーさんはニューヨーク州コルゲート大学英米文学部に在籍していた頃、日本語に触れ、卒業後1990年に来日、日本語での詩作、翻訳を始めました。

その後、2001年にアメリカ人としては初めての中原中也賞を、「釣り上げては」で受賞しました。アーサーさんの敬愛する詩人である菅原克己さんが宮城県出身でもあることから、今回の講演が行われたようです。

ことば使い

「吠えろ」と怒鳴り
「芸になってない」
と鞭打つ。

一行の
輪抜け跳びを
何回もさせる。

いくらおとなしく
馴れているようでもやつらは
猛獣。

――詩集「釣り上げては」から――

アーサーさんは上の詩に添えて、このようなことを話しています。

「言葉っておっかないものだけど、道具でもある。詩を書く人にとっては言葉はパートナー。生き物のような言葉とつきあいながら、詩をつくる。言葉との共同作業なんだ、詩作ってのは。馴れ合って安心して、相手を軽くみると、あっという間に食われちゃうんだ。」

このことは、人間関係が希薄になっている現代の状況に照らし合わすと、何も詩だけに言えることではないですね。不特定多数に発するブログでの発言や日々何気に使っているメールや会話にも深く関わっているように思えます。

僕らは普段使っている言葉を通して、文字通りの意味や逆にそうではなくそこに隠されたものを伝えようとしているけど、なかなか伝わらなかったり、誤解されたりするケースがよくあります。今は、相手の顔が見えない方が普通になってきているので、ますます伝えることは難しいですね。

そんなことを考えながら、今日もブログを書いているわけですが、とりあえずは、出来るだけ自分に正直でありたいと、思っています。

2009年9月7日月曜日

矢野顕子 天才少女はそのまま

毎週土曜日の夜、NHKで放送されている「ザ・ソングライターズ」をよく見ます。今回のゲストが矢野顕子さんだったこともあり、一昨日も見てしまいました。

「ザ・ソングライターズ」は、シンガーソングライターの佐野元春さんがホスト役を務め、日本のソングライターたちをゲストに招いて、「歌詞」すなわち音楽における言葉をテーマに探求してゆく番組です。(NHKの番組紹介より抜粋)

7月から放送が始まったこの番組は、歌という表現の中で、その歌詞が一節の詩であることを(当たり前ですが)再認識でき、これまでそれほど意識していなかった言葉そのものの世界が存在していることを思い起こさせてくれます。

矢野顕子さんって青森生まれだったのですね。出生までは知らなかったので意外でした。また、佐野元春さんの質問に対する受け答えが、日本人的でなかった点も非常に面白かったです。それにしても、矢野さんの持つ世界観は、自身のキャラクターも含めて、明らかにグローバルです。

初めて矢野さんの歌う姿を見た時は、奇抜な点だけが目立ち、生理的に避けたい部分を感じたのですが、何度か聞くうちに得も知れぬ高揚感を覚えるようになりました。それは、これまで僕が経験したことがなかった日本人が個としてのアイデンティティーをきちんと持ちながら、日本だけではないどこかでも通じるものを自然の内に持っていたからだと思います。

番組でも佐野さんが話していましたが、矢野さんは他の人のカバーを歌うことが多いけれど、その時歌われたその曲はもうすでに矢野さんのオリジナルになってしまっているってすごく判ります。

でも、それくらい個としての表現の手段が強烈であればある程、大抵は多くの方に支持されることが難しくなるのですが、そうではないところが不思議な魅力なんですね。

番組でも紹介された曲がこの2つ。

http://www.youtube.com/watch?v=ZFrOnH2cVFI
http://www.youtube.com/watch?v=PRty3IkquF8

カバーのsomedayが見つからなかったので、こちらを。

http://www.youtube.com/watch?v=UHG2qyjPwfk

来週はPart2があるようです。興味があれば、見て下さい。

2009年9月6日日曜日

新しいこと 挑戦と現実化

サラリーマン時代、電話との付き合いが非常に長かったせいもあり、今でも時折大手量販店等の携帯電話コーナーを覗くことがあります。ビジネス・フォン、ホームテレフォンから始まって、車載用電話、PHS、携帯に至るまで、あらゆる種類の外筐(本体のプラスチックの部分)の生産に携わってきました。NTTが民営化される前からですから、かれこれ24、5年といったところです。

初めはAT&Tなどのごついビジネスフォンを手がけていたのですが、NTTの民営化に伴い、いわゆるホームテレフォンが各社で発売されるようになりました。デザインも変わったものが数多く生まれ、家庭からダイヤル式の黒電話やアイボリーのプッシュ式電話が急激に無くなったのもこの時期です。

そんな時、ファッションデザイナーのアンドレ・クレージュがデザインしたホームテレフォンの仕事に関わったことがあります。日本通信工業が別会社を設立して、クレージュデザインの電話の発売を手掛けることになり、その本体の生産を請け負う事となりました。

デザインは2種類ありました。1種類はツートンカラーを2色のプラスチックで構成しなければならないため、先ず、本体を製作するためのマシンをカスタマイズすることから始まりました。当時は、ボタンのような小さいものでの実績はあったのですが、ホームテレフォンのような大型製品を製作する為のマシンがほとんどありませんでした。もう1種類は楕円形のドーム形状に、クレージュのトレードマークである雲のマークをちりばめ、ファンシー感のあるデザインでした。

両方とも技術的問題点が多々あり、初めて行う方法もあったりして、苦労はしましたがとても刺激的な仕事だったように思います。その時、これまでお付き合いしたプロダクトデザイナーとは違い、やっぱりファッションデザイナーだなと思える点がいくつかありました。

もっとも特徴的なものは色でした。今でこそ、ソフトバンクのパントーンカラーシリーズが出ましたが、当時は、多色でしかもパステル調の色をホームテレフォンに使用することはほとんどありませんでした。

通常はパントーンやDICといった色見本での提示が多いのですが、その時は服飾デザイナーだけあって、生地見本等での指示だったように思います。

そして、一番色出しに苦労したのが、フランスのケント紙で提示された白でした。明らかに日本で一般的な白より白色度が高く、生産時の歩留まり(良品となる割合)も悪くなるものでした。本体に施す雲の印刷もその白で、その上、何回かに分け行う必要があったので、一層効率を落とす原因ともなりました。

すったもんだしながら、2種類ともどうにか発売にこぎつけましたが、店頭に並ぶ姿を見た時に、いままでの苦労も飛んでしまう思いがしたことを今でも思い出します。

自分自身が新しいことへ挑戦することやこれまで誰も行っていないことを現実化するには、ただそれだけで苦労や忍耐が必要です。

それでも、それを達成する思いが折れない限り、結果は出てくると思っています。

2009年9月5日土曜日

偶然…いや、そうじゃないでしょう。


ギャラリーの前というか横といったらいいのか、隣合わせで”可らし”という鉄板焼きのお店があります。実は、僕の自宅はギャラリーのあるビルの居住区になっている上の階の一室にあるのですが、1月の終わりに引っ越してきた翌日、買い物に出ると、表通りに面した1階にその店があることに気づきました。
12月に住む場所を探しに仙台に来た時には、不動産会社の方が表通りを通らずに案内したので、全然気も付きませんでした。

”可らし”という名前のお店は東京にもあり、何度か行ったことがありました。目黒駅から白金方向に向かい、東京都庭園美術館の通り向かいにあります。店内一面からし色に塗られた壁面が印象的で、料理の方はとても美味しかった記憶があります。

さらに、何気なく店の隣を覗くと、テナント募集の張り紙がありました。表通りにある一室と”可らし”のちょうど裏側に位置する部屋が空いています。以前から店のテナントを探していたのですが、なかなか条件の合った場所が無い状況だったので、すぐに内見を申込しました。内見すると、かなり古さは目立ちましたが、広さも充分でした。

それから、1ヶ月後、テナントの本契約を済まし、内装工事に入る前に”可らし”に挨拶に伺いました。僕が東京からこちらに越してきたこと、それから東京に同じ名前の店があって、何度か行ったことがあると話すと、背の高いマスターは、あの店は私と仲間で立ち上げたんですよと話されました。

偶然なのでしょうか、こんなことってあるんだなと妙に感心し、奥さんとお子さん2人も紹介され、それ以来色々とお世話になっています。

”可らし”は今年で10周年になるそうです。マスターは一口に10年って言いますが、これはすごいことです。

ギャラリーに来られる方に、時々、場所が分りづらいですねと言われます。表通りに面していないのでそうなのでしょうが、通り過ぎてしまいましたとも言われます。ご来廊の際は、表通りにある”可らし”のからし色の暖簾を見つけて下さい。その裏側にあります。

”可らし”は、とびきりの和牛や新鮮な海鮮(海老の殻付きをそのまま焼いたものが絶品)をマスターが目の前で鉄板で料理しています。カウンターに座り、その姿を見ているだけで美味しさが倍増しますね。HPはこちら。
http://www.h6.dion.ne.jp/~karashi/

ギャラリーで美味しい写真をご覧になって、”可らし”でこれまた美味しい料理を食するというのはいかがでしょう。特にカップルの方には、絶好のデートになります。

アート写真を観に誘う男性って、何かカッコいいじゃないですか。

2009年9月4日金曜日

残された時間

9月に入ってから急に肌寒い日々が続いているように感じます。いつもの9月は残暑もしっかりとあり、半袖を着て汗をぬぐいながら、早く涼しくならないかと空を眺めていたのですが、今日も長袖じゃないと寒いほどです。気象庁は秋の始まりを9月としているらしいのですが、今年は本当にそんな実感があります。

そんな訳でもないのでしょうが、最近のpolkaはよく鳴きます。動物が鳴く場合、特に野生ではなく、ペットとして飼われているものは、大抵何かを訴えかけている時です。10年も暮らせば大体分かるだろうと言われそうですが、水やえさが欲しい以外はほとんど理解出来ないですね。

水やえさが欲しい場合は、入れる容器の前で待っていたり、その鳴き声にも特徴があります。モンゴルの発声法にホーミーというものがありますが、丁度そんな感じです。そして、それは非常に耳障りで、寝ていてもすぐ目が覚めてしまう程です。

以前はそんな鳴き声ばかり聞いていたと思うのですが、この頃は僕のすぐ横でソファーの背もたれ部にいるときなどに、か細い声で鳴く時があります。もう、甘える年齢はとっくに過ぎているのにと思いながら、喉を撫でると、目を細め自分から顎を上げるしぐさをします。人間も年を取っていくと子供に帰っていくとよく言われますが、猫もそんなものなのかなと思い、自分もそうなのだろうかと考えたりします。

誰しも、自分が20代の時に20年後の自分のことなど想像もしないと思いますが、僕は45歳を過ぎた頃、この先の20年は明らかに今までの20年とは違うだろうことをはっきりと理解しました。

つまり、この先の20年は自分に残された時間の一部だということです。人の寿命は誰にも分りませんが、平均寿命を考えると、少なくとも、僕にはそう感じられました。そして、残された時間の中で、僕以外の誰かにどんなものを残せていけるのか、とも思いました。

polkaが時々発するか細い鳴き声を聞くたびに、ふっとそんな想いも思い出します。


まだ、時間はあります。ゆっくりと考えていこうと思います。

2009年9月3日木曜日

ビートルズ

9月9日にビートルズの全オリジナル・アルバム・リマスター盤が発売されます。初回発売分は、映像が入っていたり、ジャケット等凝ったものになっているようです。日本では、NHKで特集番組がありますね。9月6日、12日に、BBCが制作したものを日本向けに解説を加え、分かりやすい放送にしているとのことです。

僕とビートルズの出会いは、中学1年の頃です。その時には、ビートルズは既に解散していましたから、ラジオから流れる楽曲やビートルズストーリーといった番組で知ったように思います。

僕の中学時代というと、1970年代でしたから、音楽の情報はまだラジオが主でした。フォークブームも手伝って、深夜放送が盛んだった頃です。拓郎や陽水やかぐや姫に夢中になり、歌詞の内容も判らないのに判ったような振りをして大人ぶっていたものです。今思うととても恥ずかしい限りです。

そんな訳でビートルズはなんとなく一緒に聞いていた程度で、昼間の学校での話についていけるレベルのものでした。高校まではそんな感じでの付き合いだったのですが、大学進学で仙台を離れてから状況は変わっていきました。

大学は全国から集まってくることもあり、よく部屋に遊びに行っていた千葉出身の男は大のビートルズファンでした。彼の部屋で聞かされる音楽はビートルズだけ、しかも録音されたオープンリールを早回しして、頭だしする様子は人間技とは思えないほどでした。

そんなこともあり、僕はビートルズと聞くと、図体のでかいオープンデッキを思い出すのです。CD化されてから、彼がどうしたかは分かりませんが、その時に聞かされた一つ一つの楽曲は、それ程質の良くないスピーカーの音と共に忘れることの無い思い出のひとつです。そしてそれ以降、僕は主に洋楽を聴くようになったのですから、かなり影響は大きかったわけです。


ある番組で坂本龍一さんが話していた言葉がビートルズを象徴しています。

9.11が起こった直後、ニューヨーク市内の街中溢れていた音楽が止まりました。人々はそこで起きた信じられない光景に驚き、嘆き、次の朝を迎えました。そんな時、セントラル・パークの一角で、一人の若い男性がギターを抱え、ある歌を唄いはじめました。

その曲が、ビートルズの”yesterday”でした。

そして、それはレクイエムでもあったわけです。

2009年9月2日水曜日

Michael Kenna 「IN HOKKAIDO」 Landscapes and Memory(RAM)


昨日届いた一冊の写真集。

Michael Kenna 「IN HOKKAIDO」 Landscapes and Memory(RAM)

ペーパーバック版の小ぶりなサイズですが、装丁も少し変わっていて、もちろん中の印刷も美しいものです。

マイケル・ケンナ写真展「In Japan」を東京都写真美術館に観に行ったのが、2006年5月終わり頃だと記憶していますが、そのとき展示されていた北海道の風景が未発表作品も含めてまとめられているようです。

マイケル・ケンナはあまりに有名ですので、いまさら説明する必要がないと思います。

僕は作品自体が持っている詩的な感じや美しすぎるほどのプリント品質はもとより、彼が写し撮る風景の精神世界(心的風景)に強く惹かれます。特にオリジナル・プリントを観ると一層その思いは強くなります。

眼に見える具象としての写真作品を観ながら、心的風景というのは少しおかしいかもしれませんが、どこか日本的な水墨画の世界のようでもあり、やはり伝統的なイギリス絵画に通じている印象も受けます。

僕はそんないくつかの作品から、時折、風景画家のターナーの絵が思い浮かぶことがあります。ターナーの作品は晩年になるにつれて物の輪郭がぼやけ、風景画でありながら一種抽象画のようでもあります。もともと風や大気といった眼に見えない、形の無いものを表現し続けていたので、当然の成り行きなのかもしれません。

一見して全然違う作風であるのに、マイケル・ケンナの作品からターナーを連想するのは、2人とも同じイギリス人のくくりとしてではないと思います。2人とも写実的であるにも関わらず、眼に見える目の前の風景を単純に切り取るという、いわゆる作業的な部分(そこには常に卓越した技術がありますが)以上のものを感じるからです。

写真集に収められているイメージは、マイケル・ケンナの作品を見るにはあまりに小さすぎますが、イメージひとつひとつの静寂の世界には、あらゆる感情や心情が風や大気が渦巻いているように広がっているのです。

2009年9月1日火曜日

一人芝居 -自意識のスタイル-

役者1人だけで演じられる芝居。

舞台の大、小はあるけれど、舞台上にはたった一人しか存在しないし、誰も助けてくれません。そんな、究極でもあり、役者の度量があからさまに見えてしまうもの。それが一人芝居です。

イッセー尾形「都市生活カタログ」シリーズ
加藤健一「審判」
白石加代子「百物語」シリーズ(朗読劇)
大竹しのぶ「売り言葉」 
戸田恵子「なにわバタフライ」
風間 杜夫「カラオケマン」「旅の空」「一人」3部作、「コーヒーをもう一杯」「霧のかなた」

僕がこの5年の間に観た一人芝居です。一人芝居は数多く上演されていますが、なかなか観に行く機会がありません。年に1、2本といったところでした。やはり、劇団・プロデュース公演やミュージカル等のような総合芸術としての演劇を観る方が好きだった為と思います。

一人芝居といってもさまざま手法があります。ほとんどは、一人の登場人物を演じ、あたかもそこに相手役がいるかのように物語を進めるやり方です(加藤健一、戸田恵子、風間 杜夫)。それとは逆に主となる人物を演じながら、他の役も舞台上で演じるもの(大竹しのぶ)、それから一人の人物の行動やしぐさに焦点をあてたり(イッセー尾形)、本を読み進めながらその場その場を身体表現とともに物語る(白石加代子)ような、一種パフォーマンス的なものですね。

さて、この中で一番圧巻で、心打たれた芝居はというと、加藤健一「審判」です。

加藤健一さんは、「審判」を公演したいがために、自身で加藤健一事務所を立ち上げました。
バリー・コリンズ作のこの作品は、2時間半休憩無し、舞台上には証言台と人間の骨が一つだけ、軍事法廷の証言の場として主人公であるロシア兵士のモノローグが延々と続きます。
しかも、その内容は非常に重く、深く、そして人間が本来持つ矛盾性を多く含んでいるため、観ている側にも非常に負荷が強いられます。また、第二次世界大戦中の実話を下書きとして、フィクション化されていることが、よりリアルに感じられる所以であると思います。
台本は分厚い電話帳一冊分にもなり、当然ながら、役者にも考えられないほどの精神力と体力を要求することになります。

僕は、2005年に25周年記念公演と称された舞台を観ました。加藤さんは、当時55歳ぐらいだったと思いますが、演じることへの強靭な精神力とバイタリティーがまだまだ感じられる舞台だったように思いました。次の公演があるとすれば、通産215回目となり、区切り良いように思いますが、難しいかもしれませんね。

役者の魅力の一つに、それぞれの自意識のスタイルというものがありますが、加藤さんは「審判」を繰り返し演じ、自身もその度に年を重ねられることで、独自のスタイルを確立してきたと思います。その為、幾たび上演されても、観る側はどこかしら新しい発見がある訳です。

そのことは、役者だからではなく、あらゆる表現者に当てはまることだと考えます。
そして、そんな自分自身の拠りどころや表現手段といったものへの飽くなき追求に、僕らは感動し、魅かれるのだとも思います。