2010年12月9日木曜日

年齢

リコーRING CUBEで現在開催中の江口敬写真展に関して、江口さんを紹介した記事がネット上で掲載されています。サイトはこちらです。

展示作品を前にした江口さん本人の写真と共に、展示作品の一部、イメージが紹介されています。記事タイトルは、「写真家になるのに遅すぎることはない!愛機GXRで別世界を目指す」となっています。


僕自身、写真に限らず何をするにも遅すぎることはないと、ずっと思っていました。人間長く生きてくると大抵は色々な経験をすることになります。良いこと悪いこと様々です。そうして、何か新しいことやしなければならないことを考える際に、これまでの経験と照らし合わせるようになります。この時はこうして、こうなったので、今度はこうしようとか、前はこれで失敗したのでこれはやっちゃいけないなとかを自然の内に比較しています。

それは人間的な成長でもあるわけで、一概に悪いことだけではありません。実際の仕事の場では、かなり有効な方法・手段です。プライベートな部分に関しても、先ずは、そのような行動を起こし、そこから結論めいたものを自分で出していく人が多いように思います。

新しいこととの出会いのきっかけや機会というものは、その人が望まなければ訪れることはないとも思っています。そんな状況になった時、時として経験が行動を邪魔する場合があります。自分の中での常識や当たり前と考えることが、新しいものや変わったことを拒絶してしまうといっても良いかもしれません。

そんな時、人はよく年齢のことを口にします。今更この年でとか、やるにはちょっと遅かったとか、自分に言い訳をするわけです。分からないわけではありませんし、事実そう言っている自分がいたことは確かですから、非難しようとは思っていません。

大事なのは、自分の気持ちや考えにしっかりと対峙しているかということです。そして、この行動や姿がたとえ満足しないものであっても、納得できるかどうかなんだと思います。

よく、他人の生き方から勇気を貰い、感銘を受けたと聞くことがありますが、その人自身がそう感じてもらいたくて生きていることは少ないような気がします。ただそうしたいからやっていることなんだと思います。

そして、そこでは、年齢という言葉は無意味なものになるのです。

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