2010年10月7日木曜日

ワークショップ「写真作品~展示・発表までのプロセス」

さてっと、今日は宣伝です。


一昨日、サイト上で告知しましたが、ワークショップ「写真作品~展示・発表までのプロセス」を開催します。

これは、写真を作品として、展示・発表まで行う為の様々な検討事項や方法等を順を追ってお話するものです。何か難しい内容と捉われるかもしれませんが、現在趣味として写真を撮られている方々にも充分に役立つものと思っています。一部の作家を目指す方々だけではなく、広く一般的に通じるものを分かりやすく解説出来ればと考えています。

カメラは全般的に高価なものです。何千円でちょっと買ってくるからというものではありません。買われるにはそれぞれの理由があるわけで、単なる記録の為にと考えてる方は、少ないのではないでしょうか。それだけでしたら、携帯で良いですからね。

ギャラリーを訪れるほとんどの方は、その雰囲気と並べられている作品を見て、とても敷居が高いとかレベルが高いと言われます。もちろんそのようなコンセプトを持ちながら行っていることは事実ですから、それは正しい感覚だと思います。模倣は上達の第一歩だと常々思っているのですが、それにはより良いものを見たり、感じたりしながら、自分自身でそれを消化し、実行としていかなければならないと考えています。そこから、自分自身が見えてくるのだとも言えます。

現在は”Sha-gaku”、”Story”と言った企画で、広く一般に扉を開けています。そして、そこで展示・発表するにあって、さまざまなサポートも行っています。ここで紹介している作家の方にしても、初めからこのような質の高い作品を制作していたわけではなく、失敗を繰り返しながらここまで来ているのですから、決して自分には・・・などと思って欲しくはないのです。

先ずはその一歩として、ワークショップに参加されることも一考だと思います。
多くの方のお申込みをお待ちしています。


ワークショップ「写真作品~展示・発表までのプロセス」
10月31日(日)16:00-18:00 延長もあります。

2010年10月6日水曜日

宇宙の塵を集めたヘラって。

6月に地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」の試料容器から、地球外物質の可能性がある微粒子数十個が見つかったようです。大きさは、0.001㎜程度らしく、光学顕微鏡では発見できずに、特殊なへらを用いて集めた微粒子を電子顕微鏡で確認したとのことです。


今はそういった検査器具も発達していますので、発見する行為自体は特に驚きはないのですが、特殊なへらと言う部分に惹かれてしまいます。0.001㎜程度の微粒子を集めるへらってどんなものだろうと。

僕の場合、以前の仕事の関係で、常に0.01㎜程度までは普通の感覚で扱っていたこともあり、目に見えるもしくは手で触れられる小ささにはそれほど驚きはしません。逆に大きいものに対しては、ちょっと想像がつかないことがあります。

これまでいろいろなエンジニアと付き合いがありましたが、大きさに関する感覚ってすごく違っています。普段使用している単位が違ったりすると話をするにもかみ合わないことが多く、ましてや扱うものの大小により、その違いはますます大きくなります。

物理的に規定される1mmは特殊なケースを除いてはみな一様です。それでもその大きさに対する感覚は、人それぞれです。ある人は1000㎛、またある人は0.1㎝と感じますし、その人にとっての感覚に置き換わります。

まぁ、大きさなんて客観的に同じであると便宜的に決めたものだと僕は思っているので、みなそれぞれの感覚での大きさがあってよいわけです。むしろ、その方が自然な感じさえします。

それにしても、へらが気になるなぁ・・・。

2010年10月5日火曜日

こつこつと・・・。

ギャラリーレイアウトは、サイトでも確認出来ますが、入口から逆L字のような格好になっています。入口から拡がる部屋の奥に事務用の小部屋を作っているので、全くの長方形にはなっていません。普通、ギャラリーというと四角の箱のような感じを予想しますが、そのようになっていないのも特徴のひとつです。


奥の小部屋には、今こうして書いているPC、それに繋げているプリンターが2台とその他パイプ椅子やら梱包材等が置いてあるのですが、少々乱雑になってきました。こまめに整理していれば良いのですが、昔からそういうことが苦手です。最近はどこに何を置いたかを忘れることも多くなり、ちょっとまずいなと思い、少しですが昨日整理しました。

先ずはいらないものを捨てることから始まったのですが、これがまた捨てられないものが多く、結局はひとところにまとめて箱に入れたり、ファイルにまとめたりと案外面倒くさいものです。きっともう使うこともなかったり、見たりすることも無い資料類なんかは捨てちゃえばいいのにと思うのですが、踏ん切りがつかないと言うか、結局のところ優柔不断なだけです。

その割に、ホントに必要なものをどこにしまいこんだかすら忘れているのですから、片付けをしながら、情けない気持ちになってきそうになったので、昨日はそこで止めました。まぁ、それでも少しはきれいになったので、良しと自分を納得させましたが・・・。

やはり、何かを一気にすることって、それなりの労力と根気が必要になります。こつことと、カメが歩くごとくでも、常にやっていかないといけないですね。

当たり前ですが、これって何にでも言えることなんでしょうね。

つまりは気持ちの問題ですかと、誰に言うでもなく、ひとりごとのようにつぶやいていました。

2010年10月4日月曜日

近眼で老眼

僕は極度の近眼です。裸眼では視力検査の一番上がぼやけてしまい、おそらく0.02程度なんじゃないかと思います。高校の頃からメガネをかけ始め、もう何度となく買い替えながら過ごしてきました。日常生活には影響はありませんでしたが、45歳を越える頃に近くのものまでぼやけるようになってきました。いわゆる老眼ってやつです。


初めは一日中パソコンの画面を見ているので、ちょっと疲れ目ぐらいの感覚でしたが、いつも電車で読んでいる本が徐々に顔から遠くなってきているのに気付いた時には、多少ショックでした。仕事柄モノをじっくりと見れないといけなかったので、不便になり、遠近両用に変えたのが、46歳の頃だったと思います。

近くが見えないことで困ることは、たとえばA4とかA3程度に記入されている文字や絵なんかを全体で眺めている時に、細かい部分が曖昧になることです。パッと見て、そこに気付く確率が減るのです。少し遠目で見ちゃうと近眼の影響が出てくるので、その辺の間合いが難しくなりました。

そんなこともあり、気になったところは極端に目を近づけて、裸眼で見る仕草が増えてきました。メガネを外してモノをじっくり見ているお年寄りに良く見られる光景ですね。そうなってくると、今度はそんな仕草が頻繁になってきている自分自身に対する不便さと言うより、その行為そのものが哀しいと思うようになってきたのです。

当たり前のようにしていたことが出来なくなったり、出来なくなって初めてその状況を思い知らされることは、誰にでも経験のあることだと思います。その原因は年齢による衰えであったり、不慮の事故であったり、病気であったりするわけですが、僕の場合、こんな些細なことですが、やはりそう感じずにはいられませんでした。

それでもそんな感情はいっときで、いちいちそんな気持ちのまま生活してもいられません。もっともっと大変な思いをしながら生きている人は大勢いるわけですから。

よく人から変わってますよねとか言われることがありますけど、僕も人並みなのです。普通に年をとり、その年相応の衰えを感じ、些細なことにくよくよしながら、それでも嬉しいことや楽しい瞬間やひとときがあるからやっていけるのです。

さて、今日は休みです。

何から片付けようか・・・、やってて楽しい順番にしてみますか。

2010年10月3日日曜日

アート作品を購入すること

昨日からハービー・山口、ヨーガン・シャドバーグ Two in One in Englandが開幕しました。毎回来ていただいている方を始め、ハービー氏の作品を目当てに久しぶりに見えられた方など、まぁボチボチといったスタートです。2カ月の会期は一般の方には長いように感じられるようで、特定の期間に集中して来られることはあまりありません。


ハービー氏もヨーガン氏もプロの写真家です。このような展覧会を開催するには当たり前ですがそれなりの経費が発生します。展示作品は鑑賞していただくと共に、購入してもらうことでギャラリーとして成立するのですから、その為に会期は長めになっているわけです。と言っても、日本の写真全体の環境を考えると、投資やコレクションを目的とされている方は非常に少ないのが現状です。

日本の文化環境全体は、首都圏一極集中で行われてきたこともあり、地域にとってはますますその市場を小さくしています。まぁ、簡単に言うと、購入することに慣れていないと言って良いと思います。人は何かモノを購入する時に、誰でも費用対効果を考えます。自分が考えた通り、そこから見合ったものが得られるかどうかです。それは、個人よりも組織、会社にはもっとも重要なポイントになります。

言葉を変えるなら、写真を始め多くのアート作品を購入した時に、その人に対して何をもたらしてくれるかと言うことになります。作品の価値は、とてもパーソナルな部分に依存していると思っていますので、その部分が非常に難しいですね。ひとつの回答としては、作品という形あるものから、無形の感動や喜びそして共感、癒しといった気持ち的な高揚や安らぎを得られるかどうかだと僕は思っています。そして、そんな作品に出合った時に手にしたいと感じるのです。

乱暴な言い方ですが、おいしいものを食べてからだと心が満足するのと一緒なのです。唯一違う点は、作品が目の前にずっと残っている点とそれを見るたびにその時に受ける印象や感じる部分が違ってくることです。そして、その感覚は、所有者にしか分からないもので、しかも他の人に説明しにくいものでもあります。

僕は、多くの人に、そんな出会いをしてほしいと思っています。

そして、それは制作する側の願いでもあるわけですから。

2010年10月2日土曜日

時の進み方

さて、もう10月になってしまいました。


今年も残り3カ月です。ホント年々月日の過ぎ去るスピードは上がっています。つい2日前程の出来事も、遥か遠い昔の記憶に感じられることがあります。

人は誰でも限られた時間の中で生きているわけですが、その流れにおける時の進み方は人それぞれです。密度というか濃さが違っています。例えば、1年後の自分を遠い未来に感じるか、それとも非常に今と近しいものとして感じるかは、その人自身の年齢にも寄ってくるものです。

僕も10代の頃は、現在の自分を全く想像出来なかったし、生きているとさえ思っていませんでした。ところが、徐々に年齢を重ねてくると、自分自身の先の姿がおぼろげながらも見えてくるようになります。それは、ある意味自分が何者であり、社会の中での存在や立ち位置を否応なしに感じるからだと思います。

そうして、無意識のうちに残された時間を感じてくることが、その人自身の時の進み方を決めていくような気がします。流れのままに自然に行くことが一番良いには違いないのですが、そうはいかないのが世の常です。まぁ、未来なんて誰にも分からないのですから、なるようにしかならないと思っていた方がよほど気は楽なのです。それでも、時間には限りがあります。これは誰もが分かっていることです。

何とかしなきゃとかこれをこうしなきゃとか、はやる気持ちを抑えながらも、今を見つめながらひとつひとつ考えていくしかないかなと・・・。そうすれば、少しは折り合いも付いてくるかもしれないと思います。

2010年10月1日金曜日

"Two in One in England" いよいよ明日開幕です。

ハービー・山口 、ヨーガン・シャドバーグ写真展 Two in One in England がいよいよ明日開幕となります。今回の写真展を企画したのは、昨年11月に行われたハービー・山口 Big Loveが好評であったこと、また、その時見逃してしまったとかギャラリー自体をまだ知らずに見ることが出来なかったとの声が発端になっていますが、当ギャラリーでの初めての外国人写真家の紹介にもなります。


ヨーガン氏は日本ではあまり知られた写真家ではありませんが、「南アフリカ写真の父」と呼ばれ尊敬されている方です。1960年代に撮影されたイギリスの市井の人々には、貧しさや生活の苦労の中にも懸命に生きている輝きのようなものが備わっています。そして、ヨーガン氏との出会いが、ハービー氏のその後の写真家人生を決定づけたとも言えます。

ハービー氏の今回の作品は1970年代のイギリスです。同じイギリスと言っても、時代背景や撮影している街も違う為、単純に比較することは出来ませんが、共通して言えることは暗く閉塞した世の中でも、人は懸命に生きているし、明るい未来を信じてもいいんだと言うことです。これは、現在にも通じることだと、僕は思います。

難しいことは何も考える必要はありません。素直に見て、少しでもその優しさやたくましさを感じて欲しいと思います。社会も人も未来永劫ではありませんが、継続していくものです。そして、それは終息に向かう道であって欲しくないと誰もが感じていることだと思います。

ここ数日これらの作品に囲まれながら、果たして僕は未来に対して何を残せるのだろうかと考えたりしています。大したことが出来ないことは分かってはいるのですが、何故かそんな気持ちになってしまうのです。



ハービー・山口 ・ヨーガン・シャドバーグ “Two in One in England”
2010年10月2日(土)~12月5日(日)
13:00~19:00 / 休廊日 月曜日 / 入場無料
Kalos Gallery