2010年3月7日日曜日

いつまでも僕の心に残っている親友

昨夜偶然NHKでのど自慢全国大会?を見ました。そう、毎日曜昼に放送されているお化け番組ののど自慢です。それは、全国の各地区チャンピオンがNHKホールに会して、グランプリを争うものでした。グランプリに輝いたのは、日本に来て3年目、静岡から出場したブラジル人男性が歌った演歌でした。


詩情あふれる歌声を聴きながら、僕は今から約20年前に知り合った一人のブラジル人男性を思い出していました。彼は企業研修のような形で、当時僕が働いていた会社に入り、半年間同じ部署で仕事をしていました。日系2世であり、顔つきもほとんど日本人にしか見えないけれど、日本語は1年間程度勉強しただけなので、始めのうちは会話がかみ合わなかったことを覚えています。

当時、僕はブラジル音楽が好きで、しょっちゅう輸入レコード屋に足を運び、あれこれ探していたこともあり、仕事以外での付き合いをするようになるまでにそれほど時間は掛かりませんでした。プライベートでもよく会うようになり、いつしかずっと前から知っていたかのような仲になっていました。彼は非常に繊細な心を持ち、僕なんかより日本人らしい感じがします。多分、2人並んで、どちらがブラジル人かと問われたら、多くの人は僕を選んだのではないかと思います。

彼との思い出は色々あるのですが、研修も終わりを迎え、一旦ブラジルへ帰国する直前、彼の妹さんが日本に遊びに来た時のことです。僕は、妹さんにも少しアジア的な雰囲気を楽しんでもらいたくて、横浜の中華街に2人を連れていきました。その時たまたま妹さんの誕生日が近かったこともあり、彼ら2人にプレゼントを準備していました。

それは、あの頃僕が良く着ていたポール・スミスのトレーナーでした。襟元が少々くたびれてしまったオリーブ色のそのトレーナーをその日も僕は着ていました。胸に小さな魚の刺繍を施してあるもので、2人には色違いで、また妹さんの方には魚ではなく鳥の刺繍が入ったものを選びました。

楽しく中華を食べた後、彼らにそれを手渡すと、2人ともえらく嬉しがりました。そして、彼は、僕に素直な喜びをこんな言葉で話してくれました。

ありがとう。とても感激しています。・・・・本当は、いつも○○さんが着ているトレーナーが欲しかったです。それは世の中に一つだけしかないものだから。

あれから20年以上経ち、その後音信も不通になり、どこで何をしているかは分かりません。それでも、いつまでも僕の心に残っている親友で、もう一度会いたいと、今でも思っているのです。

2010年3月6日土曜日

津波・・・その後。

今週、チリ大地震の影響で太平洋沿岸全域に津波が発生し、宮城でも大津波警報というこれまで聞いたことも無かった警報が出されました。警報で出されていた予想の波高さにならずに済んだのですが、養殖業者にはかなりの被害をもたらし、沿岸の民家等には浸水したところもありました。


今朝のニュースを見ると、避難警報が出された地域の住民で、実際に避難場所へ移動した方は全体の約6%であったようです。日本のほぼ裏側から迫りくる波を、ほとんどの人は本当に日本の裏側の出来事のように感じていたのかもしれません。

地震については、間近でその被害を受けたり、見たりしているので、もし確実に起きることが分かり、まだ避難する時間がある場合は、多くの人は逃げるのではないかと思います。そんな地震大国であり、四方を海で囲まれているにも関わらず、津波に関しては何か他人事のように思えてしまうのは、僕だけではなかったわけです。

警報は一日中テレビ画面上に流れ、いつでも見られる状況にありましたが、今まさに目の前で起きているという実感がないので、何か傍観者のひとりのように思えて仕方ありませんでした。いたずらに危険を煽るような報道や警告は人々に一層の不安感を与えてしまいますし、その辺の匙加減というか、伝達方法のむずかしさも感じました。

いずれにせよ犠牲者が出なかったのが幸いでしたが、対岸の火事のようなつもりでいると、いつかしっぺ返しを受けるような気もします。人は自分自身に起きた痛手や傷を容易に忘れることはありませんが、そうではないものにはひどく鈍感に出来ていると思っています。(そうでないと現実として生きていけなくなる)

なので、あえて自ら積極的に感じようとし、行動することを忘れてはいけないなとも、改めて感じたのです。

2010年3月5日金曜日

アートイベント

猫に目のような天気です。昨夜の冷たい雨が、今日はうってかわって穏やかな春のような暖かさです。路面はまだ黒く濡れていますが、昼ごろにはすっかり乾いてしまうでしょうね。


昨夜は、地元新聞社が主催する4月から行われる予定のアートイベント説明会があり、久しぶりに夜の街を歩いてきました。昨年から始まったこのイベントは、仙台にある美術館、画廊、ギャラリーといったアート関連を行っている業者と新聞社がタイアップして、アートをより身近なものとして、一般の方にも広めていこうというものです。

昨日の説明会の参加数は22業者、参加を呼び掛けた業者が約50社なので、半数程度集まった事になります。いわゆる地方都市である割には、意外に多いのかもしれません。

僕は新参者なので、様子見のような感じで説明を聞いていたのですが、結構お若い方もいらっしゃって、何故か嬉しくなりました。説明後の質疑では、予想通り協賛金についての意見が出ました。事を起こすには、必ずお金が必要になりますが、それを分かっていても、僕自身も正直なところ考えてしまいます。

アートは、飲食や日用品と違い、なにか良くわからないし、あっても無くても良いものとして捉えられがちなので、趣味の世界のように思われてしまいます。実際大昔には、パトロンの存在があり、アーティストの支援や擁護をするようなこともありましたが、今はほとんど無いといって良いと思います。

昨今の不況の中、ますます停滞して行くのではとの危惧はありますが、逆により身近なものとしてのアートの存在が求められているような気もします。キャッチコピーに癒しや安らぎといった言葉が頻繁に現われてきたのはこの数年ですし、たいていの人は潤いのある生活を望んでいるように感じています。

そういった意味では、イベント自体のあり方は間違ってはいないので、参加しようかなとの思いはあります。もうちょっとだけ考えます。

中村ノブオ写真展も今日と明日だけになりました。今週に入ってから来廊数も増えてきています。いつものように、じき終わってしまう寂しさがある中、重い扉を開けて入って来られるお客さんの姿が、僕自身の癒しになるのです。

2010年3月4日木曜日

「ガス人間第1号」

「ガス人間第1号」


実に変なタイトルです。先週NHK教育で放送された芝居で、録画はしておいたのですが、なかなか見る時間がなく、ようやく昨夜見ることが出来ました。

昨年10月にシアタークリエで上演されたこの芝居は、もともとは昭和35年の東宝映画が原作になっていて、原作の熱狂的なファンである後藤ひろひとさんが脚色、演出し舞台化させたものです。

後藤ひろひとさんと言えば、周りからは大王と呼ばれ、非常にユニークなキャラクターで知られ、俳優としても脚本家としても、独特の世界観を持つ方です。一番知られている作品は、「MIDSUMMER CAROL ガマ王子vsザリガニ魔人」ですね。「パコの不思議な絵本」というタイトルで映画化もされましたから。

後藤さんが作る芝居のタイトルは、いつも変っているのですが、今回の「ガス人間第1号」もそれを聞いただけでは何なのか良く分からないものです。でも、今回は後藤さんが付けたタイトルではありませんので、その当時の映画タイトルのストレートな言い回しというか、時代を感じさせるものですね。

物語はガス人間にされてしまった一人の男とその男が愛したヒロインとの悲恋や事件を主軸に、後藤さんらしい笑いの要素を加味しながら、とても分かりやすい展開で進みます。

出演者も後藤作品には初めての方が多く、特にヒロインを演じる中村中さんの存在感は特筆に値します。もちろん、主役であるはずのガス人間を演じた高橋一生さんの静かに抑えた演技も良かったのです(これは狙いだと思います)が、この芝居での絶対的な主役は中村中さんだったと思います。

中村中さんについては、ほとんどというか全く知りませんでした。何かの拍子にテレビで見かけたぐらいで、失礼ながら興味の対象ではありませんでした。が、この芝居で評価は一変しました。演技以前のたたずまいというか、あの若さでこの存在感を醸し出すとは、やはりただ者ではないですね。

このところ、話題性のみが先行してしまう芝居が多くあります。でも、これはそんなことを考えずに楽しめる芝居です。DVDにはならないと思いますが、機会があれば見て下さい。

そういえば、5月にPiper公演が仙台で行われるはずです。Piperは後藤さんを中心に4名のメンバーで構成されたもので、客演も加えながら活動しています。「ガス人間第1号」とは違い、いつものハチャメチャな舞台だと想像しますが、単純に笑い飛ばしたいような気分の方には最適な芝居です。ご興味があれば観に行かれて下さい。

2010年3月3日水曜日

雛祭り

3月3日です。そう「桃の節句」、雛祭りの日ですね。


僕は2人兄弟で、女の子がいなかったこともあり、実家で雛壇を見たことはありませんし、今までも雛祭りを行う機会はありませんでした。

物の本によると、もともとは季節の変わり目の邪気祓いから発生したもののようです。なので、女の子の為というよりは、老若男女を問わず皆の幸福を願う行事だったんですね。また、昔から桃には邪気を祓う力があるとされ様々な神事に取り入れられていたので、邪気祓いをする上巳の節句が桃の節句になったとのことです。

童話の桃太郎もそこから由来し誕生したとも言われています。邪気の象徴は鬼ですからね。それにしても、2月の節分に鬼祓いをし、また3月に邪気払いをするのですから、どれほどの邪気があるのかとも思ってしまいます。そんなことを考えると、邪気は季節の変わり目だけではなく、常に人の内にあるものなのですね。

人でなしイコール鬼のような人とか、映画やドラマの台詞で耳にするのも、鬼を人との対極として捉えるよりは、人に内在しているものとして意識しているからです。あの人は仕事の鬼だねとか鬼のような形相だねとか日常的に話されるのも、いい意味、悪い意味含めて、全ての人が持っているものだからだと思います。

僕ぐらいの年齢になれば、何度かそんな状況になった経験はだれにでもあるだろうし、なぜそういう事になったのだろうと後悔したこともあるでしょう。自分が鬼となり、良かれと思い、取った行動が、相手にとっては全然そうではなく、逆効果になってしまうことはよくあることです。

なので、せめて今日ぐらいは故事にならい、皆の幸せを願い、心穏やかに過ごそうと思っているのです。

2010年3月2日火曜日

続けること・・・。

数日前に、5月の「放浪記」公演を控えた森光子さんにドクターストップがかかり、公演中止になるとのニュースが流れていました。ネットでも新聞でも各社取り上げ、森光子さん自身の文章を掲載していました。


森光子さんは今更説明する必要もない、誰が見ても日本を代表する女優さんのおひとりです。現在の年齢は89歳になります。このニュースに掲載されていた年齢を改めて見て、えっ、もう89歳になっていたんだとの驚きの方が強かったように思います。

2か月間、連日4時間にも及ぶ舞台ですから、要する体力や気力は並はずれたものでなければやっていけません。それを、来年90歳になろうとしている女性が行おうとするわけですから、それだけですごいことです。

2005年日比谷芸術座での最終公演のDVDを今でも時々見ますが、とても80歳を越えている方の演技とは思えません。まだあの「でんぐり返し」もしていました。それから月日も経ち、2009年、芸術座から新たに生まれ変わったシアタークリエでの公演で、上演2000回を迎えたわけです。

何か年齢ばかりを取り上げていうように感じると思いますが、僕は常々これ程の長い期間主役として演じ、一定の水準で表現しつづけているプロとしての姿勢に感心し、尊敬しているのです。年齢もかさみ、近年の演技には、かなり酷評をしている方も見受けられます。もう止めた方が、逆に森光子さんの為でもあるという方もいます。

でも、僕は来年また、「放浪記」に出演している森光子さんの姿が見られることを願って止みません。続けることには、それだけで充分意味があることなのですから。

2010年3月1日月曜日

感動を有難う。

早いもので今日から3月、オリンピックも最終日になりました。


昨夜遅くフィギュアスケートのエキシビションを少しだけ見ました。競技中には見られない笑顔や緊張感から解き放たれたアスリートの姿に、超一流の選手でもやはり人の子なんだなと改めて感じました。

浅田選手が競技終了後に流した涙は、きっと喜びの涙に変わっていくだろうと思いますし、安藤選手も以前からオリンピックは今回限りと公言していましたが、もしかしたら次も狙うかもしれないようです。オリンピックの舞台に立ち、その魅力を経験した者にしか分からない何かが、わずか1日の間に、人としても一回り成長しているような表情に変えているように、僕には見えました。

オリンピックを始めほとんどの競技会では、常にその結果を求められ、もちろん選手もそれを目標にして日々練習を重ねているのですが、一人の人としては結果以上に得られるものがたくさんあります。

これは、何もこのような華々しい場だけに限らず、日常のあらゆるところにあると思っていますし、どんな人も生まれてから一生、心動かす瞬間を一度も感じないなんてことはありません。生活に直接繋がらないところであっても、人が生きていく上で必要不可欠なものなのです。

4年に1度の2週間。とても短い期間です。でも、その2週間の間で繰り広げられるさまざまなドラマは、それまでの4年、いやそれ以上の期間にわたって醸成されたものの結果ですから、人々はその想いや姿勢に心打たれるのです。

陳腐で言い尽くされた言葉ですが、心から感動を有難うと言いたいですね。