「役に立つ」
幼い頃よく、これは後からでも役に立つから覚えておきなさいとか世の中で役立つ人になりなさいとか言われたことがある人は多くいると思いますが、この「役に立つ」ってどういうことなのかなと今でもふっと思うことがあります。もちろん、生活する上で実益として役立つ(人に対しても)ものが第一なんだろうとは思うのですが、それだけではないよねという気がいつもどこかにあるのです。まぁ、自分の中では、これだなというところはあるにはあるのですが・・・。
一昨日の「プロフェッショナル仕事の流儀」で紹介されていた、山口県の作業療法士、藤原茂さんが行うリハビリ療法の現場と言葉にはそんな「役に立つ」の原則のようなものが表れていました。藤原さんが扱う患者さんは、脳梗塞などで体の一部が失われてしまった人たちで、その中の多くの人は己の身の上に絶望し自殺を考えたことがあると言います。
藤原さんの目指すリハビリは、患者さんの機能回復だけではなく、人生を回復し、障害を抱える前よりも、もっと輝かせることです。番組の中で2人の患者さんとのやり取りが紹介されていました。
一人は女性で、左手が不自由な方でした。その女性は車椅子生活から解放されこそしましたが、左手は動かないままです。自身の生活の為、右手だけで料理を作ることを考え、実践するようになります。その方法が口コミで広がり、多くの方から料理方法を是非教えてほしいということになり、女性の周りにはそんな人たちが多く集まるようになりました。その後、女性は大きな機能回復のリハビリを行わなくても、他の人に料理を教えることで、表情が一変し、明るく若々しくなっていきます。
そして、女性本人が笑顔で語った一言が素敵です。
「私が出来ないのは左手が使えないことだけです。その他は全て出来ます。」
もう一人は男性の方でした。その方も8年前に脳溢血で仕事も出来なくなり、車椅子の生活からようやく自立でき始め、まだ60歳である自分の人生を今後どう生きていくべきか悩んでいる時期でした。男性は自立出来たとはいえ、足元はまだ不安で、後遺症の為に失語症を患ってもいました。
藤原さんはその男性に、利用者の代表として、施設の見学者を案内する「水先案内人」を務めてもらうことを提案します。これは本人にとっても藤原さんにとっても、リスクのある提案でした。失敗すれば、男性は再び大きな挫折感を負うわけです。
既に「水先案内人」をしている患者さんと一緒に病院を回ったときには、見学者への返答にも窮し、途中車椅子に戻ってしまいました。案内時間の2時間は男性にとっては、途方も無い時間に感じられたに違いありません。すぐ後に、藤原さんは男性の意思を確認します。男性は挑戦することを望みます。藤原さんは不安を抱えながらも、本人の意思を尊重し、男性のために名刺を準備すると話します。
いざ、本番の日が来ました。新しく作成された名刺を渡された男性は、意を決したように案内を行います。しばらくは無難にこなしながらも途中疲労が見られるようになり、様子を窺っていた藤原さんに車椅子を差し出されます。一旦は車椅子を使用しましたが、廊下を曲がり、藤原さんからの視線が見えなくなったその時に、車椅子から立ち上がり、自分の足で案内を続けます。藤原さんは追いかけ、その事実を確認すると、何も声を掛けることなく、その様子をじっと見つめていました。
その後姿は、まさに親が子を見ているかのように、僕には感じられました。
それから、ある療法を行っているグループに見学者は興味を示します。でも、その療法は自分では興味がなく、全く知らないと言ってもよいものでした。これまでは、自分の考えを言葉にすることで説明を行っていましたが、失語症の影響で他人にはよく理解されず、結果的に自分よがりになってしまうことが多々ありました。
その時男性は、自分では要領の得ない作業をしている女性に質問をします。見学者の興味を自分が質問することで、聞き出す方法を取ったわけです。当然、女性はその療法を好んで行っているので、的確な回答が導き出されることになります。男性はそうやって見学者とのコミュニケーションを取ることを見つけたのです。
2時間の見学が終わり、藤原さんとの会話の中、男性の体を気遣って、次は2カ月後ぐらいにしましょうかとの問いに、男性は今月中でもいいですと、何かをつかんだような様子で語ります。
この2つの出来事は、たぶんはたから眺めているだけだと、それほどの事ではないように感じるかもしれません。でも、本人や後押しする藤原さんにとっては、その後の人生もかかっているのですから、大海に1人小舟で出航するような思いだったと想像出来ます。そして、結果的に周りの誰かの為という生きがいのようなものを見出すわけですが、その前提として、先ず自分の為にということもあるわけです。
「役に立つ」…… 自己と他者とのつながりで、結果として互いに求めあう何か。
ほんの小さな一石が、やがて大きな波紋となるように。
いまは、そんな気分ですか。
谷に眠る
6 日前
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