2011年8月31日水曜日

Ustream配信 “Works in Sha-gaku vol.3” 今度はうまく行くか?

今週末にかけて天気が下り坂、台風直撃で大荒れになりそうな気配です。Sha-gaku vol.3は2週目で中間地点を折り返しますが、お客さんは減るだろうとの予想をしています。経験的に会期が長いと中だるみの時期がありますし、お天気の影響は否めないので、のんびりとするしかないのかと考えています。


そんなことを思いつつ、週末の3日土曜日にUst配信をしようと思います。Love and Joy最終日の配信が原因不明でうまくいかず、あれこれと探っていたのですけど、これだなというところが出てきましたので、テストも兼ねて行う予定です。

まぁ、特別なイベントではなく、参加者それぞれの展示の模様を切り替えながら、配信します。だから、画面には写真作品が映されているだけです。進行の予定は次のような感じです。

1.江口敬、2.熊谷毅、3.エリック・チャン、4.平岡薫、5.織江佑季、6.小田紗優美、7.菅野菜穂子、8.篠原治樹の順番で、各作品15分程度で切り替えます。

開始時間は、14:00頃を予定し、終了が16:00頃になります。

説明もなく、ただ映し出されるだけです。途中切り替え等で中断もあると思いますが、自分の気になる参加者の作品を覗いてみて下さい。



Ustream配信 “Works in Sha-gaku vol.3”

9月3日(土) 14:00-16:00頃

チャンネル:http://www.ustream.tv/channel/works-in-sha-gaku-vol-3


最終日にも打ち上げを兼ねたささやかなパーティーを考えていますので、近々詳細は追ってサイトでお知らせします。

お楽しみにしていて下さい。



○Sha-gaku vol.3

8月20日(土)~9月18日(日)

13:00-19:00 月曜日休み

http://kalos-gallery.com/exhibition/next_exhibition.html


2011年8月30日火曜日

何が起こるか分からない・・・ふたたび。

何が起こるか分からない・・・。


またまた昨日の世界陸上の話。男子ハンマー投げで室伏選手が金メダルを取りました。世界陸上は7回目の出場、36歳での金メダル獲得です。すごいね。何がすごいかって、年齢はもちろんだけど、その戦い方でした。

とても静かで力強さを感じさせる姿勢に僕は惹きつけられ、一投、一投に見入ってしまいました。超ベテランで国際経験も豊かだからそうなんだよと思われるかもしれないけど、自分を過度に鼓舞するようなこともなく、冷静にとても自然で、今のこの状況を楽しんでいるようにさえ見えました。

何か哲学者のような感じにも見えるし、インタビューの受け答えにも謙虚で、こんなどえらいことをした印象を受けないのは、まだ自分自身アスリートとして途中だからなんでしょうね。アスリートは身体が自己表現の手段だから、年齢と共に衰え、いつかは現役引退をしなければならないのだけど、そんなことを微塵も感じさせない姿や言動には感動すら覚えます。

その道で一線級になり、世間に認められると誰だって我が強くなるものです。あるいは、そこまでの経験や知識が、自分自身の行動や考えの範囲を狭くしてしまいます。なにしろ、実際に体感として手に入れたものですから、これに敵うものはないわけです。

その為、周りと自分との関係が見えなくなってしまい、謙虚さを忘れてしまいます。謙虚さは自分に対して自信が無いこととはまるで違います。むしろ、自分自身が今ここにきちんと有った上で、さらに高みがあると信じ、自らに疑問を投げかけながら、常に周りとの関係性を大事にしているから現れるものです。

これは、表現の世界でも共通して言えることだと思います。そして、謙虚さは他人がそう感じることであって、自分が意識して演出出来ないものです。薄っぺらな表層はすぐに見破られ、剥がされてしまいますから。

それにしても、昨夜の室伏選手の立ち居振る舞いは一種の様式美さえ感じさせてくれたし、ホントすごいな。おめでとう、そしてありがとうと心から言いたいですね。



○Sha-gaku vol.3

8月20日(土)~9月18日(日)

13:00-19:00 月曜日休み

http://kalos-gallery.com/exhibition/next_exhibition.html

2011年8月29日月曜日

何が起こるか分からない。

何が起こるか分からない。


昨日の世界陸上100メートル男子決勝での出来事です。誰もが知っているウサイン・ボルト選手がフライングで一発失格になりました。今回の大会からスタート時のフライングはそれを行った選手が一回で失格になるルールになり、それが適用されたわけです。

短距離の場合は、特にスタートが大事で、ボルト選手にとっても、スタートが唯一のウイークポイントだと言われていました。他の選手もそうなのでしょうが、特に今回は一発失格ということもあり、かなり神経質になっていたように思います。レース前のリラックスした様子とは裏腹に、他のひとが伺えしれない相当の緊張感を持っていたのでしょうね。

彼のこれまでのレースはある意味今までとは違った次元のものでしたから、見る側もそれを期待してしまうし、ボルト選手自身もその辺りを意識していたことは、言動からも分かっていました。それでも、かなりのプレッシャーだったわけで、彼も人の子だったとも言えます。

まぁ、この事はまたひとつの物語になる前兆かもしれません。まだ他のレースが残っていますからね。次の200メートルでとてつもない記録を出して、僕らを驚かせてくれることを期待することとします。

それにしても、ただ走る、跳ぶ、投げるといった、いたって単純な陸上競技に惹かれる訳って何だろうと考えたりします。そこには人本来持つ強さへのあこがれや飛び抜けた力を見たいといったものもあるのだろうけど、その競技の第一人者に認められるほど、もっとスゴイことを見せてくれるかもしれないという期待感なのでしょうね。

選手本人はそう思っていないのかもしれませんが、見る側、つまり外側の人にとってはそれが一番大きいのではと思います。案外、選手は目の前の目標達成を積み重ねているだけなのかもしれませんし。

それでも、やはり人に驚きや感動を与えるわけだから、積み重ねる、継続し続けることが一番難しいことでもっとも大切なこと、そしてそこに向かう姿勢みたいなものが自然に伝わってしまうのでしょう。

自然に伝わる、これってひとつの理想ですね。



○Sha-gaku vol.3

8月20日(土)~9月18日(日)

13:00-19:00 月曜日休み

http://kalos-gallery.com/exhibition/next_exhibition.html

2011年8月28日日曜日

アート足り得るものへ

これまで行ってきた写真展で一番短い会期は3週間です。多くの人は長いと感じるのかもしれませんが、商業ギャラリーの特性から言えば、これでも短いと思っています。販売を主として扱っている為、ある程度の期間は必要となるわけです。それでも、期間さえ長ければ販売の率は上がるのかと問われれば、そうではありません。


そこには時代性や流行といったあまり写真そのものとは違った部分が大きく左右してきます。誰もが認める作品や作家であっても、それだけで売れるものではないし、元々の売れる絶対量は少ないですから、大量消費財のようなわけにはいきません。

もちろんアートは大量消費財とは一線を引く、唯一無二の存在であるべきと考えていますので、世の中で多くの人に受け入れられるものではありません。その中で写真はあまりに身近で誰もが撮れるものですから、アートとして成立すること、その販売という点でも難しいのだと思います。

生活にアートを、良く聞くフレーズですが、もしそれが本当に一般的に受け入れられたとしたなら、写真は第一に扱われて良い類のものだと思います。なぜなら、誰もが身近に自分自身で表現可能なものだからです。

それでも、部屋の壁にある家族や友人との写真や何かの記念で撮影した集合写真、或いはどこか分からないけど美しい街並み、自然が写されたカレンダー等を、アート作品として捉える人はあまりいないはずです。もちろん、ある狙いやコンセプト、テーマの元に意図的に制作されている場合は別ですが。

じゃあ、何がアートなのと言うことになります。合理性や効率性、利便性を求めたものではないことだけは確かですが、とてもその定義は難しいのだと言えます。強いて挙げるのなら、物質的な豊かさとは離れたところで、日常から乖離出来るような瞬間もしくは逆に日常へと回帰出来る何かがそこに或ること、感じられるものであることだと、僕は思っています。

そして、それらを生み出す人はプロである必要もなく、それゆえ写真はアート足り得るものへと昇華出来る可能性に満ちたものでもあるのです。





○Sha-gaku vol.3

8月20日(土)~9月18日(日)

13:00-19:00 月曜日休み

http://kalos-gallery.com/exhibition/next_exhibition.html

2011年8月27日土曜日

2度目の週末~polkaはやや体調を戻しつつあるようです。

polkaはやや体調を戻しつつあるようです。といっても、普段のように歩き回ることはほとんどなく、自分の身に起きていることが通り過ぎるのをじっと待っている感じで、いつもひとところにいます。実は昨日、医者から体温が下がっているから、もしあまり変わらないようであればまた来て下さいと言われていたこともあり、またずっと前に呼吸が弱くなる事があるので麻酔はしない方が良いとの言葉が思い浮かび、思いのほか沈んでいる僕自身ではありました。


今朝は自分から水を要求する鳴き声を上げていたし、その声も昨日のようなか細いものではなかったので、今日は様子見をしようと思います。様子見といっても、四六時中傍にいられるわけではないので、出来るだけですが。

話してくれれば分かるのに、何で言ってくれないのとか、人間だったらそういうのだと思うのですが、それは出来ない相談なので、動きや顔色を見るしかないのです。ネコにだって表情はありますから。まぁ、今日は僕が部屋を出る時に、目で追いかける程にはなってきたので、ちょっとだけ安心しながら書いているような次第です。

それにしても、案外心落ち着かず、自分自身も沈みがちになってしまうものです。普段はただ居る、それだけの存在のように、少し邪険に扱ったりすることもあるのですが、いつもと違う弱弱しい姿を見ていると、こちらまでそんな気になってしまいます。

人にしても、自分が弱い状態の時は、他の人にそれらを言葉で表わすことさえ出来ないことがあります。今回の震災でも、多くの人がそう感じたように思います。結局本当のところは分からないのかもしれないけど、態度や表情から理解しようとしていたんじゃないかとね。

さて、Sha-gakuは今日から2度目の週末になります。まだ1週間が過ぎただけです。僕にとっての元気の素は、やはりお客さんです。僕に対して感想や意見を話される方はほとんどいませんので、僕はお客さんの態度や表情を見ているわけですが、それだけでその人がどう感じているかが分かるかと言えばそうではありません。

褒められたい気持ちになったりもしますが、忌憚ない言葉や意見を話してもらった方が良いと思っています。心おきなく、心ゆくまで話せることって理想だと思うし、そうでないと次に進めないような気もしますので。





○Sha-gaku vol.3

8月20日(土)~9月18日(日)

13:00-19:00 月曜日休み

http://kalos-gallery.com/exhibition/next_exhibition.html

2011年8月26日金曜日

病院帰りの朝

今朝はpolkaがいつものフンづまりになってしまい、たった今病院から戻り、書いているところです。


昨夜0時を回った頃に戻していたので、これはと思いお尻を除くとぽっこりとしています。これまでの経験上、こうなると自力では出せなくなってしまいます。それでも、polkaは何度も出そうと繰り返し、その度に戻し、徐々に自分で体力を奪ってしまいます。

普通に行われていたことが今日は出来ていないと気付くはずなのに、しかも何度か経験もあるのに、自分自身がぐったりとなり、もう無理というところまで試みます。これは頑張るというより、そうせざるを得ないからそうするわけですね。そんな姿を見ていると、分かったからもうやめなよと話しかけたりしますし、polkaだって何かを伝えたいんだろうなと思ってしまいます。

来年で14歳を迎えるわけですから、人間としても初老の域に入り、身体に何かが起こっても不思議ではなく、僕だってそうだよなと考えさせられます。今日は症状が出てすぐだったこともあり(普段は少し落ち着いてから連れていくので)、結構弱っている感じだったので、ぶっとい栄養注射までされました。診察台の上で大人しくしながら僕を見る目は、普段よりちょっとだけ弱弱しく感じます。

おそらく、本人は理不尽さを感じているのでしょうね。なんで、こんなことをと言いたいに違いないのです。そして、ほっといてもらって、何日か経てば元に戻るのにと思っているのかもしれません。決してそんなことはないのに、命を落とす事になるかもしれないなんて、微塵も感じていないのでしょう。

こんなことを書いている僕だって、明日いやこれを書き終えた直後にそうなってしまうかもしれないわけで、人とペットという違いはあるにしても、同じように一本のロープを命綱無しで渡っているようなものです。

僕は自分では悲観的だとは思っていないけど、だからといって全てを楽観的には捉えられないわけで、瞬間、瞬間で感情は揺れ動いています。冷静で大人だよねと言われることもあるけど、自分にとって影響の及ばない部分には鈍感になっているだけのこと。

しかも、出来ることやしたいと思うことは年々限られてくるわけで、といっても可能性がゼロに近くなってくることではないから、慎重に大胆に動かないといけないのだろうと思います。しっかし、それが難しいんだよね。たぶん、それは経験とか年齢とは違った部分だから。

さてと、今日はギャラリーを開けるまでは、polkaの傍にいようかと思います。

きっと、うざいよと見られるのだろうけど。



○Sha-gaku vol.3

8月20日(土)~9月18日(日)

13:00-19:00 月曜日休み

http://kalos-gallery.com/exhibition/next_exhibition.html

2011年8月25日木曜日

「自分自身へ・・・そして誰かに向けて」

今日はちょっと宣伝です。


昨日、一昨日の内容が何か前フリのように感じるかもしれませんが、そう思われている人は少しは関心がある人かなと思ったりします。

サイドメニュー右下に、現在募集中の企画をリンクしています。その中のひとつに、「自分自身へ・・・そして誰かに向けて」という企画があります。何これと思われるでしょうね。以前ブログでも紹介しているので、詳細はサイトで確認して欲しいのですが、乱暴な言い方をしてしまうと、展示して発表することって特別な誰かだけのものじゃなく、経験や知識が少ない人でも、やってみたいと思う意思があれば出来るものですよ、ということです。

表現することは、意思の表れであって、普段誰もが無意識にしている行動のひとつだと僕は思っています。キャリアとか知識が無くたって、興味ある、関心があるものについては、それを知ろうとしたり、覗いてみたり自分自身で動く必要があるわけで、それ自体が既に意思からの自己表現でもあるのです。

特別な何かを持っていなければ出来ないとか資格が必要なものでもありません。むしろ、社会生活の中で制限を受けづらいもののひとつなんだと思います。公序良俗に反しない限り、世間はそれを許すのですからね。

この企画タイトルには、自己表現をすることで、自身の新たなステージを見たいと思いませんか、そして、そこから自分と世界、そこに集う人びととの繋がりを意識してみませんか、というメッセージも含まれています。そう、始まりはあなた次第なのです。

写真を撮ることは誰にでも出来るもの、それだけに奥が深いものです。どんな高名な写真家でも、始まりはみな初心者です。ただ、その後の付き合い方が違っていただけです。

経験しなければ分からないことはたくさんありますし、その事を充分に理解もしているはずです。だからこそ、踏み出してみてはと思うのですね。

あの時しなかったことへの後悔は、してしまったことへの後悔より遥かに大きいのだとの思いは、歳を重ねるごとに強くなるものです。

扉は開けられています。今すぐ入ってみて下さい。